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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]野口武彦> 記事 書評 戦争の日本史18 戊辰戦争 [著]保谷徹[掲載]2008年02月10日 ■内乱の光と闇、軍事史から見通す 戊辰戦争は、慶応四年(1868)から翌明治二年まで明治新政権と旧幕府・諸藩の間で東西を二分して闘われた内戦である。本書が挙げる数字では、両軍の死者数は1万3572人。幕末日本の人口は約3200万とされるから、そのほぼ0.0424%に当たっている。 1865年に終結した南北戦争の戦死者は62万。当時のアメリカ人口約3100万の2%であったのと比較すると、幕末の日本人は内戦体験をかなり《効率》よく潜(くぐ)り抜けたといえないか。 本書は「戊辰戦争の全過程を軍事史の観点からわかりやすく見通す」ことをめざした視野鮮明な著述である。 戊辰戦争の研究史にはすでに分厚い蓄積があるが、主として維新政権の《権力規定》をめぐる論争を軸に展開されてきた。著者は従来の学説史をカッコに入れ、歴史過程をいったん銃器というモノの動きに還元して戊辰戦争それ自体を軍制史の一画期、「ライフル銃段階に照応するある種の軍事革命」と捉(とら)え直す。 内戦の勝敗を決した戦力差は、基本的には、旧式滑腔(かっこう)銃と新式ライフル銃との段階差と図式化できる。佐幕派の東北諸藩が新式銃を整備していなかったという通説は誤解である。問題は「その武器を活(い)かすための軍制(軍隊編制)の近代化」にあり、兵士の動員・武器と弾薬の供給・兵站(へいたん)の確保・軍費の調達などをどう能率的に実行するかの社会的な仕組みにあったのだ。 その眼指(まなざ)しは、幕末史の謎の部分にも向けられる。たとえば勝海舟・西郷隆盛の腹芸で有名な江戸無血開城。総攻撃の中止は、横浜屯集の英仏陸兵隊560名及び五カ国14隻(砲211門)の艦隊と無関係だったろうか。 戦場には残虐行為が付き物だ。東北戦争では「官軍」が分捕りと称して公然と略奪を働いた。「捕虜」という概念がないので、両軍共に生け捕りにした敵兵を容赦なくなぶり殺した。肝を抉(えぐ)りだして食べた実話も語られる。 近代日本の産みの苦しみだった維新内乱の光と闇を、軍事史の物差しできちんと測定した歴史書である。 ◇ ほうや・とおる 56年生まれ。東大史料編纂(へんさん)所教授。共著『日本軍事史』など。
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