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書評

民主化の韓国政治―朴正煕と野党政治家たち1961〜1979 [著]木村幹

[掲載]2008年02月17日
[評者]小林良彰(慶應大学教授・政治学)

■なぜ独裁が続き民主化が遅れたのか

 どうすれば、民主主義が根付くのか? この問いに答えるために、民主化安定の要件を探ることが戦後の政治学の課題であり、当初は、経済的豊かさが民主主義を保証するとして、1人あたりGDPを上げれば良いとする議論が多かった。しかし、その例外となったのが、朴正熙(パク・チョンヒ)政権下で経済成長を果たした後も軍事独裁が継続していた韓国である。

 本書は、朴正熙による1961年の軍事クーデターから87年の盧泰愚(ノ・テウ)による民主化宣言までの「民主化安定の典型的な失敗事例」となった四半世紀が、なぜ生じたのかを描く。

 まず古い政治家たちによる社会的腐敗を一掃し、その後は民政に移管する、というレトリックで行われた朴正熙による軍事クーデターに、当時の韓国知識人が少なからず協力し、主要大学の教授たちも政府要職で重用されて体制側に与(くみ)していったことを指摘する。

 その後、朴正熙は、日韓国交正常化により韓国ナショナリズムを敵に回し、3選禁止を謳(うた)った憲法を改正してまで長期政権を目指そうとして、市民の批判を浴びる。つまり、野党にとって政権交代の好機が幾度も来るが、その都度、個人的対立による分裂を繰り返したり、与党政府に絡め取られて、一体となって与党に抵抗するに至らない。

 著者は、その原因を探るために、当時の野党指導者3人の生い立ちや言動を、1次史料を駆使して詳細に分析し、自らの地位や面子(メンツ)に固執するという彼らに共通した限界を指摘する。また、不満足ながらも一応「民政」の体を成している政府を批判し過ぎると、政府与党による「軍政」復帰が現実の脅威となっていたことも、与党との妥協を認める理由であったことを明らかにする。

 そして、こうした旧世代に飽き足らない金泳三(キム・ヨンサム)や金大中(キム・デジュン)ら40代の政治家が、40代旗手論として野党内での世代交代を進め、当時の人口の8割が40歳以下という韓国の特徴により世論の支持を得て、71年大統領選挙では金大中が予想外の善戦をした。そして、金泳三や金大中らは当初の穏健派から次第に強硬派に移行することになる。

 これに対し、朴正熙は維新クーデターを起こし、国会や内閣の力を削(そ)いで大統領にさらに絶大な権限を付与し、大統領緊急措置令の発令によって民政移管を前提としない軍事独裁政権を樹立した。著者によれば、哲学のない朴正熙は言葉を持たず、「繰り返し剥(む)き出しの暴力に訴え」、79年の暗殺によって終止符を打つまで18年半、政権を維持した。その後を継いだ全斗煥(ジョン・ドゥファン)政権も同様の独裁を行い、87年の民主化宣言まで韓国の民主主義は長い冬の時代を迎えることになる。

 知識人や野党政治家といえども、権力や利益供与には弱く、しかもお互いの競争心のためにまとまりにくいことが、民主化の安定を遅らせたとする。また、彼らや朴正熙らが日本統治期の影響を受け、朴政権時代に日本統治期との連続性があることを鋭く指摘する。

 「民主化の安定」という比較政治の視点を通して、韓国政治の実像を見事に描き出した著者の卓越した力量に敬意を表したい。

    ◇

 きむら・かん 66年生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。著書に『朝鮮半島をどう見るか』『高宗・閔妃』など。

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