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書評

秋瑾(しゅうきん)―火焔(かえん)の女(ひと) [著]山崎厚子

[掲載]2008年02月17日
[評者]久田恵(ノンフィクション作家)

■男尊女卑と闘い、革命に燃えた人生

 懐に短剣、背にモーゼル銃、鹿毛の馬に跨(またが)って駆ける男装の麗人。秋瑾(しゅうきん)は、今もって、中国女性の胸に燦然(さんぜん)と輝く革命家であるという。

 誕生は、アヘン戦争後の清朝末期。没したのは1907(明治40)年。清朝打倒の武装蜂起を主導したかどで、33歳で斬首刑。

 本書はその炎のごとき女性の評伝である。

 まず、表紙の彼女の写真に惹(ひ)きつけられる。和服姿で抜き身の短刀を手に強い眼差(まなざ)しで彼方(かなた)を凝視している。

 美貌(びぼう)の女性である。

 この写真は、日本留学時代のもので、彼女は下田歌子の創設した実践女学校で、女子教育を学んでいた。

 29歳で、官吏の夫と子どもを故国に残して留学。中国では、女性の纏足(てんそく)や妾(めかけ)の売買という性差別の象徴というべき旧習が根強く残っていた時代である。

 そして、当時の日本は、清国からの官費留学生を中心とした革命派の拠点だった。彼らとの交流で、彼女は過激な道へと駆り立てられていく。が、常にその心の底に燃え立っていたのは「中国2億の女性同胞の解放」だった。

 留学生たちの前で、「祖国が西欧諸国や日本に後れをとっているのは、男尊女卑の思想がはびこり、女子は学なきをもって徳となす、といった孔子思想を容認しているからだ」と弁じて喝采を浴びたという。が、ただ一人、彼女に反論し、集会の公衆の面前で罵倒(ばとう)された男がいた。後に、秋瑾はその男に陥れられ、悲劇的な最期を遂げる。

 長じて後は、即興で漢詩を吟じ、酔えば剣舞を舞う女傑だが、本書で描かれる溌剌(はつらつ)とした無心の少女時代の秋瑾が魅力的である。

 一貫して聡明(そうめい)で、凜(りん)とした気品ある女性として彼女を描き切ろうとする著者の思いが伝わってくる一冊だ。

 100年前の中国に、これほどの強い「近代的な自我」を持ちえた女性がいたことに驚く。その無防備でまっすぐな心情が、保身の男たちの手で抹殺される結末に思わず憤激。彼女の残した娘は、その後の動乱の中国をどう生き抜いたのかと気に掛かる。

    ◇

 やまざき・あつこ 36年生まれ。『北京恋』で日本文芸家クラブ大賞を受賞。

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