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新・都市論TOKYO [著]隈研吾・清野由美

[掲載]2008年2月24日

  • [評者]橋爪紳也(建築史家)

■個々の生活デザイン集積に可能性

 隈研吾は自身の作風を「負ける建築」と呼ぶ。敷地や環境などの条件に抗(あらが)わず、諸般の制約をあえて逆手にとることで、独創的な造形をものにしてきた。

 本書では建築家は、汐留・丸の内・六本木の超高層ビル群、さらには代官山・町田をジャーナリストと巡り、都市開発について対話を重ねる。彼らがそこに見いだした最大の制約は、グローバル化することで肥大化した金融資本のもと、投資家や事業者のリスク管理を最優先せざるを得ないという点だ。結果として、とても洗練され、居心地がよく安全だが、「で、それがどうしたの?」と思うような街区が出現した。

 たとえば汐留については、「いわば、壮大なお勉強の場」であったと厳しい。広大な土地を分割、「羊羹(ようかん)」のような超高層ビルがならんだ。「ブランド建築家」が手掛けた個々のビルはいかに優れていても、全体の統一感はない。

 対して、ひときわ太いオフィス棟を中心に、商業施設やホテル、放送局や住宅を円環構造にまとめた六本木ヒルズを「金融資本と人間の実態をつなぐ試み」と高く評価する。また低層の店舗と住宅の複合ビルを中心にコミュニティーが育まれ、大都会にありながら「村」のような様相を示す代官山にも好意的だ。

 成熟期にある日本の都市では、ひとりひとりが「現実」に向き合うことが重要だと著者は考える。私たちは規制型の都市デザインを欧州から学んだが、誰もが抜け道を探すばかりで前向きな都市像を描けてはいない。米国に由来するテーマパーク型の街は、結局は虚構だ。官が誘導する上からの都市計画ではなく、誰もがみずからの生活をデザイン、その集積が都市の姿となる「逆向きの都市計画」に可能性をみる。

 かつて大衆は「都市に行けば幸せになれる」という夢を摩天楼に託した。しかし今を生きる私たちは、超高層ビル街に「幸せ」を感じることができているのか。一読後、今後、日本人が創(つく)る都市の理想とはいかなる絵姿なのか、自らに問いかけた。

    ◇

 くま・けんご 54年生まれ。建築家。

 きよの・ゆみ 60年生まれ。ジャーナリスト。

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