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書評

乳(ちち)と卵(らん) [著]川上未映子

[掲載]2008年03月02日
[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

■ラストに胸キュン、泣き笑いの世界

 『乳と卵』。お菓子の材料みたいなタイトルだが、乳は乳房で卵は「らん」と読むのだ、と聞いたら印象はがらりと変わるだろう。池澤夏樹氏からは〈最適な量の大阪弁を交えた饒舌(じょうぜつ)な口語調の文体が巧み〉との賛辞を、石原慎太郎氏からは〈一人勝手な調子に乗ってのお喋(しゃべ)りは私には不快〉との罵倒(ばとう)を引き出した、今期芥川賞受賞作である。

 物語は大阪に住む母娘、巻子と緑子が上京するところからはじまる。母の巻子は39歳にして豊胸手術に夢中。初経年齢に達した娘の緑子は生理に過剰にこだわっている。

 〈このバッグっていうのにもようさん種類があるわけよ、ほら、こんなけあるねん、これ見したかってん、まあ色々と病院によって云いはることはちゃうねんけれども、いっちゃんメジャーなんはシリコンジェルってやつ。これな〉

 妹である「わたし」に向かって一方的にしゃべり続ける巻子。他方の緑子はしゃべることを拒否し、ノートに思いの丈を綴(つづ)っている。〈本のなかではみんな生理を喜んで、お母さんに相談して、これで一人前の女、とか、おめでとうとか、実際に友達でも、手当っていうか赤飯とかそういうのしてもらってるねんけどそれはすごすぎる〉

 ハイビジョン時代のリアリズムとでもいうか、この小説に内蔵されているのはめちゃめちゃ感度の高いカメラとマイクというべきだろう。川上未映子は前作『わたくし率イン歯ー、または世界』で歯に固執する女性を描き出したのだったが、胸でも卵でもそれは同じ。女性性の記号として物語に奉仕させられてきた乳房と卵。それがここでは性的な意味を剥奪(はくだつ)され、即物的な身体のパーツと化す。

 饒舌? たしかに。でもそれは従来のリアリズムの枠を超えているためで、語り手にいわせれば〈ああ、巻子も緑子もいま現在、言葉が足りん、ほいでこれをここで見ているわたしにも言葉が足りん〉だったりするのだ。

 会話を拒んできた緑子が〈玉子まみれの顔〉で〈ほんまのことをゆうてや〉と母に訴えるラストが胸キュン。泣き笑いの世界である。

    ◇

 かわかみ・みえこ 76年生まれ。07年に「わたくし率イン歯ー、または世界」で坪内逍遥大賞奨励賞。

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