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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]山下範久> 記事 書評 憎悪の世紀 上・下 [著]ニーアル・ファーガソン[掲載]2008年03月02日 ■ありえた歴史を仮想しつつ読み解く まずファーガソンの著作の初邦訳を喜びたい。1964年生まれの著者は、年齢的には依然「気鋭」という言葉がふさわしい歴史家であるが、なされた仕事から言えばすでに「大家」である。国際金融史からスタートし、ロスチャイルド家の研究(同家が外部の研究者に資料を提供した異例の作品である)で頭角を現したのち、近代世界史を大規模に書き換える論争的な作品を矢継ぎ早に世に問うている。そのいずれもがかなりな大著であるため、邦訳や紹介が遅れていたのである。 ファーガソン史学の特徴は、おおきく三つある。第一は、「反事実的仮定」の手法である。俗に歴史に「もしも」はないというが、逆に歴史は決してあらかじめ決定されたものでもない。彼は実際の歴史とは異なる結果を仮想することで、歴史における偶有性(複数の文脈の重なり合いのなかでの不確実な決定)を開示するセンスに富んでいる。 第二は、顕著な修正主義である。彼は、既存の(特にマルクス主義的な)パラダイムが前提としていることを敢(あ)えて疑うことで、新鮮な知見を引き出している。 第三は、独自の帝国観である。彼は特に19世紀のイギリス帝国の統治を、世界の近代化の推進力として肯定的に評価する立場を打ち出している。20世紀以降に同じ役割を果たすべきアメリカが、責任感をもってその役割を果たしていないことに彼は批判的である。 本書の主題は20世紀の戦争、特に第2次世界大戦である。それまでの戦争に比べて、文字通り、けた外れに多くの人命が犠牲になっている。なぜなのか。彼は、20世紀の戦争の構造的要因として、経済の「変動性」(さまざまな経済的指標の変動幅の大きさと変動が起こる頻度)の上昇と、帝国的秩序(前近代的な専制帝国と近代的な植民地帝国の両方)の退潮とを挙げている。彼の認識では、この二つは現在にも当てはまる条件だ。 だが、20世紀の戦争に特に顕著なのは、敵を人間だとみなさずに殺戮(さつりく)するという行為が、大規模に制度化・組織化されたということである。20世紀のジェノサイドの経験を踏まえ、近代化した社会が自己の外部に絶対悪を措定し、他者にその絶対悪を投影することで、その表象から人間性が剥奪(はくだつ)され、暴力への歯止めが失われるメカニズムを指摘する思想的研究の蓄積はすでに厚い。本書の醍醐味(だいごみ)は、この「憎悪」の心理的メカニズムが、先に述べた構造的な経済的・政治的要因とどのように結びついていくのかが、鮮やかな筆致で歴史的に描かれているところにある。 時事問題にも積極的に発言する著者は、03年のイラク戦争に際して開戦を支持する立場に立ち、その後アメリカの(帝国としての)コミットメントが不十分だという理由でブッシュ政権を批判している。本書を読めば、そこに「憎悪」の問題はないのかと問いたくなる。異論もまた多い書き手なのだ。しかしなお、幻術師のごとき著者の手さばきは、歴史の真理が単一ではないことに読む者の想像力をひらかせる。その意味で、彼がすぐれてポストモダンな啓蒙(けいもう)歴史家であることは確かである。 ◇ THE WAR OF THE WORLD : History’s Age of Hatred、仙名紀訳/Niall Ferguson 64年、英国生まれ。米・ハーバード大学教授。歴史学。原著は06年刊行。
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