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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]小林良彰> 記事 書評 貴族院 [著]内藤一成[掲載]2008年03月09日 ■権威は高く、政府批判もしばしば 「参議院のジレンマ」という言葉がある。以前のように衆参の多数派が同じ場合には「衆議院のカーボンコピー」と揶揄(やゆ)され、現在のように衆参で多数派が異なる場合には「ネジレ現象で重要な決定が遅れる」と批判される。 参議院は、戦前の二院制の一翼を担った「貴族院」とは切り離された存在として出発した。だが、当初は貴族院議員経験者も多いなど両院には人的な連続性もあった。参議院の原点を考える上で、貴族院を忘れてはならないというのが著者の意図である。 さて、「貴族院」といえば、当時の政府が政党を通じて民意を代表する衆議院を抑えるために、華族などの特権階級を集めて創設した機関と思われている。しかし、著者は未刊の史料や旧華族へのヒアリングに基づいて、そうした通説を覆していく。 明治政府は、最初の勅撰(ちょくせん)議員の選出の際に、意外に公平な選考を行った。反藩閥政府の考えをもつ者も選ばれ、その結果、政府予算案も常にスムーズに貴族院を通過したわけではない。例えば、北清事変の際、軍事費増強を目的とした伊藤内閣の増税案が貴族院特別委員会によって否決された。伊藤は増税案成立を求める勅語を天皇に出してもらわざるを得なかった。 著者によれば、複数の議員が戦争に召集された衆議院とは比較にならないほど貴族院議員の権威は高かった。国家総動員の戦時下で、衆議院が積極的に軍部におもねったのに対し、貴族院では徹底して軍部に抗したとは言えないまでも、個々の議員が矜恃(きょうじ)を示すこともあった。大政翼賛会への参加は自由で、東条内閣批判もたびたび行われた。 いっぽう衆議院が政党を基盤としていたのに対し、政党のない貴族院では人の集団の常として会派が生まれた。爵位の違いや官僚との関係の相違によって利害も対立し、決して一枚岩ではなかった。 参議院の存在が注目を浴び、参議院改革の議論も聞こえてくる昨今、その前身であった貴族院に立ち返って、二院制が果たす役割と参議院の意義について、あらためて考えてみてはどうだろうか。 ◇ ないとう・かずなり 67年生まれ。宮内庁書陵部主任研究官。『貴族院と立憲政治』など。
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