現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. BOOK
  4. 書評
  5. [評者]橋爪紳也
  6. 記事

近代日本の植民地博覧会 [著]山路勝彦

[掲載]2008年3月9日

  • [評者]橋爪紳也(建築史家)

■国威発揚や先進性宣伝を担った功罪

 表紙の図像が印象的だ。朝鮮総督府の建物を背景に、日章旗を手にする民族衣裳(いしょう)の女性が描かれている。昭和15年、当時の京城で開かれた朝鮮大博覧会のポスターである。主催は京城日報社だが、後援に総督府や朝鮮軍司令部も名を連ねる。同化政策を推進しようとした為政者の意図が、この画像に託されている。

 世界中の物産を一堂に集める博覧会には、しばしば政治的な意思が働く。著者は帝国主義の日本が関(かか)わった「植民地博覧会」に、二つの類型を見いだす。一つは東京や大阪など内地で開かれた植民地を主題とする博覧会。もう一つは植民地統治の一環として外地で催された博覧会である。

 本書はまず「植民地主義の起源」として、明治7年の台湾出兵から説き起こす。戦闘の詳細とともに、首狩り、人食いという習俗が誤解を交えて紹介された。結果、台湾の少数民族を禽獣(きんじゅう)のような「野蛮人」とみる通念が、日本人の心象に浸透した。

 この蔑視(べっし)が、のちの「植民地博覧会」にも継承されたようだ。たとえば大正元年、東京上野での拓殖博覧会では、北海道、樺太、台湾、朝鮮、関東州などの特産品に加えて、「人」が展示された。伝統家屋が建設され、招かれた人々がそこで暮らしていた。彼らの起居動作そのものが見せ物となり、好奇の目にさらされた。さらに大正3年の東京大正博覧会では、東南アジアの人々も「野蛮」を示す「民族標本」として招かれている。

 対照的に朝鮮や台湾の博覧会場では、近代化を果たし躍進する日本の産業や軍事力が誇示された。内地ではアジアに版図を拡大する帝国の姿を提示して国威発揚をうたい、外地ではその先進性を見せつける。この極端な相違に帝国日本の「アジアへの眼差(まなざ)し」を読み取ることはたやすい。

 著者はあとがきで、台湾の人々が近年になって、戦前の博覧会を積極的に評価しはじめた事実を紹介する。「植民地博覧会」の全貌(ぜんぼう)を示す本書の刊行を契機として、博覧会というメディアイベントが帝国主義の日本にあって担った功罪をめぐる議論と研究が深まることを期待したい。

    ◇

 やまじ・かつひこ 42年生まれ。関西学院大教授。著書に『近代日本の海外学術調査』など。

表紙画像

近代日本の植民地博覧会

著者:山路 勝彦

出版社:風響社   価格:¥ 3,150

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内

ここから広告です

広告終わり

検索

POWERED BY Amazon.co.jp