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書評

若松孝二 反権力の肖像 [編]四方田犬彦・平沢剛

[掲載]2008年03月09日
[評者]唐沢俊一(作家)

■性と暴力と政闘のカリスマ

 “ピンク映画の黒澤明”というのが1960年代の若松孝二の通り名だった。セックスと暴力にあふれた映画を量産し続け、その中の一本「壁の中の秘事」が65年、ベルリン映画祭で上映されたときには“国辱映画”だと騒がれ、逆に大いにその名を上げた異色の映画作家・制作者である。

 筆者も80年代、オールナイト上映館で「処女ゲバゲバ」や「胎児が密猟する時」などの作品を追いかけていた。見るごとに心が索漠(さくばく)としてくる異様な作品群だったが、この索漠感を幾多の政治闘争の挫折を体験した60、70年代の若い観客たちは共有していたのだろう。若松のもとには大和屋竺(あつし)、足立正生(まさお)などユニークな才能が集まり、次第に若松はカリスマ的存在と化していく。後に日本赤軍に合流する足立を若松は資金面で援助したりしていたらしい。

 とはいえ、若松自身は政治運動に直接かかわることなく、ひたすら映画作りに没頭してきた。プロデュース作品にも大島渚「愛のコリーダ」をはじめ、問題作が並ぶ。

 近年、かつて政治運動青年たちのカリスマだった若松は映画を研究する若者たちのカリスマに変貌(へんぼう)した。本書は06年に明治学院大主催の「若松孝二シンポジウム」でなされた研究発表を元に構成された本だが、主宰の四方田犬彦をはじめ映画史や映像理論を研究する若松ファンたちが、海外からも含め熱烈な賛辞を贈っている。やや惚(ほ)れ込みすぎの感なきにしもあらずだが、反権力を体現したかのような若松の圧倒的な存在感は、確かに人を惚れ込ませるものがある。評論家たちによるインタビューでピンク映画をやめた理由を問われ、「バカな評論家どもが、やれピンク映画がすごいとかなんとか言って、そうやって市民権をとった時から俺(おれ)は嫌なんだ」と言い放つあたりのひねくれぶりに、若松孝二の真骨頂が見てとれるだろう。

 今年、かつて国辱扱いされたベルリンで、若松の最新作「実録・連合赤軍」が最優秀アジア映画賞などを受賞した。この怪物的映画作家を知りたいと思ったときの、まず入門書として手に取って欲しい。

    ◇

 よもた・いぬひこ ひらさわ・ごう シンポジウムをもとにした論文・インタビュー集。

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