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書評

評伝 菊田一夫 [著]小幡欣治

[掲載]2008年03月16日
[評者]唐沢俊一(作家)

■「怪物」の明と暗を絶妙なバランスで

 「菊田一夫はますます怪物である」

 と、戦前すでに喜劇王古川ロッパがその日記に記している(『古川ロッパ昭和日記』昭和13年9月6日)。ロッパ一座の文芸部員として脚本を書きまくり、「花咲く港」などの佳品を生んだ菊田一夫は、戦後、ラジオで「鐘の鳴る丘」「君の名は」の二大ヒットを飛ばし、その後、小林一三の招きで東宝に入社するや「モルガンお雪」のようなミュージカル劇(零落したロッパも出演した)、老舗(しにせ)ものの「暖簾(のれん)」、今なお上演され続けている文芸もの「放浪記」、さらには「風と共に去りぬ」など洋画の舞台化に至るまですべてを大成功させ、日本演劇史上における大作家・演出家・プロデューサーとしてその名を残す。足跡だけをたどればまさに怪物であった菊田は、しかしその一方で芸術コンプレックスにさいなまれ、女性遍歴を繰り返すなど、人間的な弱点も多々、備え持った人物であった。

 大物と呼ばれる人物の評伝は難しい。対象と適度な距離を保ちつつ、その業績の面と個人的な面を有機的に結びつけ、人間としての魅力を描きながら、負の部分への目配りも怠れない。東宝専属の脚本家として菊田の謦咳(けいがい)に接していた著者の筆は絶妙のバランスで菊田の明と暗の両面を描き出し、本書を菊田一夫研究の基本図書の位置に据えた。今後の菊田研究はどのような新しい分析を試みようとも、まず本書の視点を基点にせざるを得まい。それくらい本書に描かれた菊田像は生き生きとしている。常に人の愛に飢え、多数の愛人を作ったのも「愛する女に、惚(ほ)れてもらいたいがために良い本を書く」。 稚気こそ彼の創作の原点であったから、と見る著者の目は、温かい一方で、“菊田天皇”とまで呼ばれた男の虚飾をすっかりはぎとっている。「君の名は」の“忘却とは忘れ去ることなり”の台詞(せりふ)を忘却させないためにも、多くの人に読んでもらいたい。

 本書はおそらく生前の菊田を知る人による最後の評伝になるだろうが、今年80歳になる著者の文章の軽やかさにも一読して驚かされる。

    ◇

 おばた・きんじ 28年生まれ。劇作家・演出家。作品に「夢の宴」「喜劇の殿さん」など。

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