ここから本文エリア

RSS

現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]その他> 記事

書評

弥勒世 (上・下) [著]馳星周

[掲載]2008年03月23日
[評者]末國善己(文芸評論家)

■破壊に向かう返還直前の沖縄

 今も米軍の事件が相次ぐ沖縄。返還直前の沖縄を舞台にした『弥勒世(みるくゆー)』は、犯罪小説の手法で沖縄の悲劇の歴史に迫ることで著者が新境地を切り開いている。

 英字新聞で働く伊波尚友(いは・しょうゆう)は、CIAからスパイになることを依頼される。同じ施設で育ち、左翼活動家とも親しい比嘉政信(ひが・せいしん)に近づいた尚友は、政信が米軍基地の襲撃を計画していることを知り、行動を共にする。

 奄美出身のため差別されてきた尚友は、沖縄にも、日本にも、アメリカにも愛着がない。欺瞞(ぎまん)に満ちた社会を破壊したいという暗い“情念”に突き動かされながらも、あらゆるイデオロギーをシニカルに眺める尚友を冷徹な観察者にすることで、反基地という理想論を掲げながらも、基地に依存しなければ生活できない実態や、経済支援と政治工作で沖縄を食いものにしている日米の利権構造などを白日のもとにさらしていく。

 大国のエゴが住民の絆(きずな)を破壊し、それがテロの温床になることを指摘するなど、沖縄から現代の中東情勢にも通じる問題を抽出したところも鮮やかである。

 弥勒世とは神々に祝福された理想郷のことだが、沖縄が本当に平穏な場所になることはあるのか? そんなことも考えさせられる。

ここから広告です

広告終わり

このページのトップに戻る