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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]酒井啓子> 記事 書評 講座 スラブ・ユーラシア学 第1・2・3巻 [編]家田修・宇山智彦・松里公孝[掲載]2008年03月30日 ■地理的境界で閉ざされた地域でなく スラブ・ユーラシア学とは、まず聞きなれない言葉である。旧ソ連、というとソ連の影ばかり見た後ろ向きな印象を受けるし、イスラームを共通項とする中央アジア、というと、ロシアのイスラーム社会との連関が切り離される。社会主義圏としてソ連と連動していた東欧は、どうとらえるのか。冷戦構造終焉(しゅうえん)後のソ連・東欧地域をどのような「地域」とみなすべきか、地域概念は流動的で多様な方向に揺れている。 旧社会主義圏だけではない。中東という、西欧植民地支配の名残として名づけられた地域は、アラブ地域と呼ぶべきなのか、イスラーム地域なのか、米国のいう「不安定の弧」なのか。ある社会が持つ政治経済的、文化的ベクトルは、時に国家領域内に収斂(しゅうれん)する一方で、予想もしない広大なエリアに広がる可能性を持つ。地域住民の自覚とは別に、他者から名づけられて成立する地域概念もある。 「地域」とは固定的な地理的境界によって閉ざされたものではなく、その時の政治文化環境や自己認識、他者のまなざしに左右されて、常に流動する「力の磁場」だ、というのが、本講座3部作が編まれた出発点にある。そこでは、国民国家とグローバルな領域との間に出現する、多重な規範の影響に晒(さら)された空間を「中域圏」と名づける。それは、地域認識の可変性が最もビビッドに現れる、「開かれた場」だ。 そのことは、バルカンという言葉の使われ方(第1巻第5章)や、コーカサスでのアイデンティティー表出のありよう(同第6章)、モンゴルに隣接するブリヤート人のモンゴル性への自己認識(第2巻第6章)など、ふんだんな実証例を挙げた各論で、示される。 民族や宗教が点在して複雑怪奇な地域、と考えると、難しさが先にたって関心が遠のくが、それらが複層的かつ動態的に社会を形成するのが、ソ連なき後のスラブ・ユーラシア地域だ。そう考えると、この地域を見ることが楽しくなってくる。国境などなく、大草原を駆け巡っていた、かつてのユーラシアのパワーに思いを馳(は)せるように。 ◇ 北海道大学スラブ研究センター監修
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