現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. BOOK
  4. 書評
  5. [評者]苅部直
  6. 記事

漫画ノート [著]いしかわじゅん

[掲載]2008年4月13日

  • [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)

■作者の人間性まで洞察する批評の力

 いしかわじゅんは、線にこだわる。この本の表紙と各章の扉も、自身の手になる、ほのぼのとしていながら、輪郭をはっきりと表した線描画で飾られている。

 少年漫画から劇画やレディースコミックに至るまで、たくさんの漫画を論じた、著者としては12年ぶりの評論集である。分析の切り口は、物語や人物設定から、出版の業界事情にも及び、実に数多い。

 巷(ちまた)にあふれる漫画評論に比べて独特なのは、実作者としての長い経験が、語りのそこかしこに反映していることである。辛辣(しんらつ)な批評については、同業者から非難も受けたという。

 だが、そういう声を招きよせるのも、いしかわが、作品にまっすぐにむきあいながら、自分だったらこう描く、とか、ああすればいいのに、と、作者になったつもりで評価を下しているせいだろう。その言葉に、よけいな遠慮や、尊大な説教はない。

 線の引きかたへの注目も、そうした姿勢の一環である。作者は、どんな手つきで、どんな道具を使って、この線を引いているのか。紙にインクを刻みつける動作を想像するところから始まって、作者の人間性にまで洞察が及んでゆく。

 辛口批評なるものをもてはやす風潮が、いま世間にはある。漫画家の作画方法をきびしく論じる、この本についても、そう呼びたがる人が出てくるかもしれない。

 しかし、そうした浅薄な技術批評に陥っていないのは、作品が人間をどう描いているか、そして作者の人間性がどう表れているかについて、著者が生き生きとした関心を持ち続けているせいだろう。とりわけ、挫折したり、描けなくなったりした作家に注ぐ視線は、冷静でありつつ、とことんやさしい。

 藤子・F・不二雄の逝去にさいして書いた一編の末尾にはこうある。「彼の生み出したものは、この先も生き続けるだろう。/それは、彼が漫画と漫画の力を信じていたからだ」。この言葉にはげまされて、読者もまた、おもしろい作品を探しに本屋へむかうのである。

    ◇

 51年生まれ。漫画家・作家。著書に『憂国』『業界の濃い人』『漫画の時間』など。

表紙画像

漫画ノート

著者:いしかわじゅん

出版社:バジリコ   価格:¥ 2,100

No image

約束の地 憂国

著者:いしかわ じゅん

出版社:新潮社   価格:¥ 1,223

表紙画像

業界の濃い人 (角川文庫)

著者:いしかわ じゅん

出版社:角川書店   価格:¥ 580

No image

漫画の時間 (新潮OH!文庫)

著者:いしかわ じゅん

出版社:新潮社   価格:¥ 890

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内

ここから広告です

広告終わり

検索

POWERED BY Amazon.co.jp