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書評

幸運な宇宙 [著]ポール・デイヴィス

[掲載]2008年04月20日
[評者]尾関章(本社論説委員)

■ここにいるワタクシの危うさと幸運

 おばあさんは2人。ひいおばあさんは4人。「ひい」が九つ並ぶおばあさんなら千人を超す。そのなかの1人が、ちょっとだけ面食いで「ひい」が九つ並ぶおじいさんを拒んでいたら、今のこのワタクシはいなかった。

 考えてみれば、ワタクシって危うい。

 その危うさは宇宙だっておんなじ。この本は、そこのところを突いてくる。

 一例を挙げよう。星々の核反応の様子が少しでも違っていたら、宇宙のなかに炭素はこんなにできず、地球上の生き物も人もワタクシも生まれなかっただろう。原子核で働く力のさじ加減は絶妙なのだ。

 なんで、こんなに私たちは幸運なのか。物理学者であり、物理読み物の書き手でもある著者は、その問いに真正面から向き合う。

 一つの糸口は、多宇宙論だ。

 宇宙は、この宇宙だけではない。数え切れないほどの銀河があるように、その入れものの宇宙もいっぱいある、という説である。

 これを応援するのがインフレーション理論だ。経済の話ではない。宇宙の始まりに急膨張があったという学説をいう。その理論をさらに進めると、新しい宇宙が次から次に生まれ続けるという世界像も描きだされる。

 もしそうなら、生き物に都合のよい宇宙もよくない宇宙もあるだろう。「自分たちが生物に適した宇宙に暮らしていることに気づいたとしても何の不思議もない。なぜなら、わたしたちのような観測者は、生物を生まぬ不毛な宇宙には出現しえないのだから」

 人間原理と呼ばれる考え方だ。

 無数の宇宙の一つに人がいてもいい。私たちは、偶然がもたらす「巨大な宇宙福引の当選者」だ――この「多宇宙論プラス人間原理」が幸運の謎解きの一つの答案である。

 この本は、ほかの立場もずらりと並べる。

 どんなさじ加減であれ、それをきちんと説明づける理論が見つかるはずだという「万物理論」派、だれかがこの宇宙を設計したのだとする「インテリジェント・デザイン(ID)」派。そもそもこの宇宙は仮想現実だとする「シミュレーション仮説」派……。

 では、著者自身の考えはどうか。種明かしはやめにしよう。ミステリーのように読み進む楽しみがある本だからだ。

 宇宙といえばスペースシャトルが思い浮かぶが、それはほんの庭先の話に過ぎない。

 宇宙は、「ワタクシとは何か」という問いと直結する思索の舞台なのである。

 その思索は、頭の柔軟体操にもなる。

 たとえば著者は、学生時代にボールの飛距離計算をしていたとき、好きな女の子から言われた一言にこだわる。「どうして紙にいろいろ書いて、ボールがどんなふうに飛ぶかがわかるのよ?」。たしかに、宇宙の万物が数学の言うなりというのも不思議ではある。

 ほかにも、物理の法則はひょっとしたら宇宙の一領域だけに通用する「条例」かもしれない、という見方などが紹介されている。

 私たちは、凝り固まった近代科学観に縛られてはいないか。科学のことをもっと自由に考えてもいい。そう励まされる本だ。

   ◇

 The Goldilocks Enigma

 吉田三知世訳/Paul Davies 米国アリゾナ州立大学教授。宇宙論や量子物理を紹介したポピュラーサイエンスの著書が多い。

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