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幕末不戦派軍記 [著]野口武彦

[掲載]2008年4月27日

  • [評者]香山リカ(精神科医、帝塚山学院大学教授)

■愉快な4人組が案内する幕末史

 歴史には、捏造(ねつぞう)されて語られる性質がもともと備わっているようだ。だから史料そのものを読め、と人は言うが、ケータイ世代でなくともそれは不可能というもの。

 ところが著者は、その不可能を可能にする達人だ。近世・近代史の膨大な史料を収集して読み込み、必要箇所(かしょ)を引用して示しながら、シロウトにもわかりやすく語ってくれる。かくして読者は、労なくして「幕末を知った」といった満足感に浸ることができる。

 とくに本書では、狂言回し役としてお気楽な幕臣4人組が登場。しかも舞台は、長州、上野、日光、会津、そして函館と誰もが知る戦場をダイナミックに北上するのだから、面白くないわけがない。

 さて武具奉行として天下泰平を謳歌(おうか)していたこの4人、最大の特徴は何といっても「戦う気がないこと」。それは、長州戦争で駆り出されて大阪に赴いても同じだ。私たちが知る幕末の志士とはほど遠く、行った先々で名産物に舌鼓を打ち、観光に興じ、果ては「姫回り」と称して今でいう性風俗店にも出入りしている。著者の言う「出張天国」である。

 しかし、彼らがいかに太平楽に暮らしたいと願っても、世の中がそれを許さない。官軍に追われて戻った江戸も無政府状態、ついには銃を取って戦線に立たなければならなくなる。武士とはいえ忠義より自分の命、庶民感覚いっぱいの彼らの目から眺めると、あの大鳥圭介も土方歳三も脇役となり、勝海舟に至っては口も人もなかなか悪かったことがわかってくる。「歴史のヒーロー」というのも、もしかすると後世の人たちが作った幻想なのかもしれない。

 それにしても驚くのは、この4人が実在の人物であったということだ。律義にも大阪滞在の様子をひとりが詳細に記したものが残っていたため、平成の御世になって彼らは笑われながらも歴史の案内役を務めることとなったのだ。こんな愉快な不戦派を“発掘”してきた著者は天晴(あっぱ)れだが、「日記とはまことに恐ろしきものでござる」とつい、武士ことばでつぶやきたくもなる。

   ◇

 のぐち・たけひこ 37年生まれ、文芸評論家。日本文学・日本思想史。『幕末気分』など。

表紙画像

幕末不戦派軍記

著者:野口 武彦

出版社:講談社   価格:¥ 1,890

表紙画像

幕末気分

著者:野口 武彦

出版社:講談社   価格:¥ 620

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