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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]柄谷行人> 記事 書評 古代インド文明の謎 [著]堀晄[掲載]2008年05月04日 ■アーリア人の征服はなかったのか アーリア系の遊牧民族が古代インダス文明を征服し滅ぼし、そして、その歴史が『リグ・ヴェーダ』に書かれた、というのは、どんな世界史の教科書にも書かれている定説である。また、このアーリア人は南ロシアから南下したと考えられている。しかし、著者は、このような説は、言語学以外に裏づけのない神話でしかない、という。 1786年、東インド会社にいたイギリス人、ウィリアム・ジョーンズが、サンスクリットがヨーロッパ諸語と祖先を同じくする言語だという説を発表してから、それらの祖語と系譜を解明しようとする比較言語学が発展した。さらにこれは言語学にとどまらず、民族移動の歴史へと拡張された。その結果、ヨーロッパでは、優越民族としてのアーリア人という神話をもたらし、インドではカースト体制を再補強するイデオロギーとして機能したのである。 現在も、この神話は、インドの民族紛争やナショナリズムの根拠となっている。イランにおいても、人種差別のイデオロギーとなっている。著者によれば、考古学や人類学(DNA分析)が示す事実は、このような説にまったく反している。言語の分布は、必ずしも民族の移動と合致するものではない。 人類の移動に関する諸科学を総合して、著者はつぎのように推論する。古代インダス文明はもともとアーリア人によるものだ。インダス文明とその後のインドの文明には、建築・都市計画などからみても連続性がある。ゆえに、征服の事実などはない。では、アーリア人はどこから来たか。彼らは「北シリア」に発して、そこから、インド・ヨーロッパに広がったのだ、と著者はいう。 もちろん、これは仮説である。だが、壮大で意味深い仮説である。これは、インド史だけでなく、中央アジア史、イラン史、メソポタミア史、ヨーロッパ史、すべての見直しになる。さらに、今日の民族・宗教問題にも影響を与える。この仮説に関して、著者は、さまざまな専門分野の立場からの共同研究を呼びかけている。 ◇ ほり・あきら 47年生まれ。東京大で考古学専攻。古代オリエント博物館研究員。
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