|
ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]唐沢俊一> 記事 書評 ゲゲゲの女房 [著]武良布枝[掲載]2008年05月04日 ■夫を支える妖怪の姿も、ほの見えて 理想化され、神格化される作家というのが、ままいる。だが、水木しげるのように、常に“妖怪化”されて語られてきた人というのはめったにいない。怠けものを称賛し、働かずに食べていける南方の島の生活を理想と言う天衣無縫な人生観を持ち、浮世離れした妖怪の世界を描いて暮らしている怪人物。それが、われわれが水木しげるに求めるパブリックイメージだ。当の水木本人は“怠けているふりをして実は必死で働いていた”ともしれっとうそぶいているのだが、なかなか本気には受け取れない。なにしろ、戦争体験にしろ貧乏生活のエピソードにしろ、あまりに常識を飛び越えた話ばかりで、実話というよりはファンタジックな世界の話であるかのように思えてしまうのだ。 だが、長年、水木に連れ添い、赤貧時代から水木を支えてきた布枝夫人の自伝である本書の刊行で、やっと水木しげるが、戦前生まれの日本人男性の典型である、家族のために働き、苦労することを、家長として当然のこととして受け止め、しかしながら、そこに人気商売としての漫画家ならではの悩みもジレンマも持ち合わせている、ごく普通の(しかし、普通とはかなり毛色の異なった才能の持ち主の)人間であることが明白になった。腐りかけのバナナで飢えをしのいだ話も、税務署員にこんな所得で食べていかれるわけがないと決めつけられた話も、水木本人の口から語られるとどことなくユーモラスだが、妻の筆になるそれは、さすがに、そこに切実な危機感が醸し出されている。この証言で、世間に流布されている水木しげる像はようやく立体的になった、と言っていい。 ただし、本書を、才能ある夫を信じて、貧窮時代を共に暮らした糟糠(そうこう)の妻の自伝という美談的なとらえ方で読むと、ちょっと著者の実像を誤る気がする。妖怪と同一視される人間を信じ切って半世紀、その後をついていくという人生も相当にユニークなのだ。あるいは水木の描く妖怪たちの姿には、どこかに著者のイメージが重ねられているかも知れないのである。 ◇ むら・ぬのえ 32年生まれ。漫画家の水木しげると61年に結婚した。 ここから広告です 広告終わり 書評 バックナンバー
|
ここから広告です 広告終わり 売れ筋ランキングコラム
|