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生命徴候(バイタルサイン)あり [著]久間十義

[掲載]2008年6月1日

  • [評者]松本仁一(ジャーナリスト)

■今、病院は安全で感動の場であるのか

 心臓の冠動脈が詰まってしまった。さあどうするか。

 心臓外科では胸を切り開き、詰まった冠動脈にちがう血管をつないで、バイパスをつくる手術をする。

 ところが最近、画期的な心カテーテル医療が登場した。外科的な開胸手術はしない。足の付け根から動脈に細いカテーテルを入れていき、詰まりを微細なドリルでくりぬく。ロータブレーターという技術だ。

 物語は、その最新技術を軸に展開する。

 鶴見耀子は大学病院の医師だった。しかし上司から医療ミスの責任を押し付けられ、大学を放逐された。かばってくれた同じ医局の医師、岩下と親密な関係となり、子を宿すが、岩下は教授の娘と結婚してしまう。

 耀子は米国に留学する。男児を出産し、シングルマザーとして子育てに奮闘しながら医学を学び、ロータブレーター技術を習得した。7年後、心臓内科の専門医になって帰国した耀子は民間の病院で次々に実績を上げ、脚光を浴びる。しかしその先には……。

 『刑事たちの夏』など刑事ものを得意とする著者が、医療というテーマに挑んだ。描き出されるのは旧態依然の医局制度と責任のなすりあいだ。そのどろどろしたよどみは、米国の医療現場とはあまりにかけ離れている。

 登場する医師の一人は「いい病院とディズニーランドには三つの共通点がある」という。安全第一の場所であること。お客さん(患者)がまた来たくなる場所であること。そして、訪れた人間に感動を与える場所であること。

 いまの日本の医療は、私たちにそうした病院を提供する努力をしているか、と本は問いかける。日本の病院ほど、医師や看護師や現場の人間たちに過重労働を強いているところもない。見かけは近代的だが、その実態は献身や自己犠牲でささえられているのだ、と。

 手術室の描写は詳細で生々しい。著者はかなりの現場取材を積み重ねたのだろう。そのディテールが、日本の医療の危うさを描くこの小説に、強い説得力を与えている。

    ◇

 ひさま・じゅうぎ 53年生まれ、小説家。『世紀末鯨鯢記(げいげいき)』で三島賞。

表紙画像

生命徴候あり

著者:久間 十義

出版社:朝日新聞出版   価格:¥ 1,890

表紙画像

刑事たちの夏

著者:久間 十義

出版社:日本経済新聞社   価格:¥ 1,890

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世紀末鯨鯢記 (河出文庫―BUNGEI Collection)

著者:久間 十義

出版社:河出書房新社   価格:¥ 612

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