[掲載]2008年6月8日
■総合的な展望を持ってこその改革を
04年4月1日、「護送船団方式」で国家の手厚い庇護(ひご)と統制のもとに置かれてきた国立大学は、一斉に国立大学法人に生まれ変わった。それから4年、本書はようやくその一端が見えてきた法人化の衝撃を、実態に即して明らかにした唯一の体系的著作である。法人化は何をもたらし、どこに課題があるのか。
法人化は行財政改革という外圧によって、投入される公的資金の削減と一体化されて強行された。ただ、国際的な先端科学技術競争の激化によって、「法人化は国立大学自身にとって避けがたい選択」でもあった。たしかに、ボトムアップからトップダウン型経営体への転換、運営費使途の自由化、企業と同様のPDCA(プラン・ドゥ・チェック・アクション)のサイクルの導入は、大学の自立性と自律性を拡大し、国際競争の中での生き残りに不可欠の基盤を提供するだろう。
問題は、法人化が行財政改革の視点に立ったピンポイント改革にしか過ぎなかったところにある。長期的で総合的な展望に基づく改革構想、すなわち高等教育のグランドデザインを欠く。おそらくはもっとも長く高等教育政策について発言を続けてきた著者のこの主張は、本書でも貫かれている。
法人化は、大学間の隠れた格差構造を可視化・顕在化し、いっそう拡大する役割を果たした。国立大学はその歴史の中で、人的資源、施設設備、教育研究の財源における著しい格差を蓄積してきた。市場と競争原理の導入は、遺産に恵まれない大学を窮地に追い込んでしまうと著者は警鐘を鳴らす。
国際水準の研究大学の育成はむろん重要だが、そのことと経営資源の格差固定化とは同じではない。高い頂点を持った高等教育システムを作り上げるためには、それを支えるがっちりとした基盤が必要である。地方国立大学群の中にトップに準じた大学を育成していかなければ、トップのレベルアップも望みがたい。「選択と集中」をいう前に、国公私立大学がひとつのシステムとしてどのような構造と機能を果たしているのかを十分に把握すること。その上で「選択と集中」政策の対象外に置かれた大学の果たすべき役割を視野に入れた新しい国家戦略が必要だ。
いま、教育投資額の引き上げや数値目標化をめぐって、省庁間の激しい攻防が展開されている。次期中期目標期間を見据えた国立大学法人評価も本格化する。この時期に本書を得たことは幸運である。思いつき政策論者たちに高等教育の将来を委ねるのではなく、著者の主張に耳を傾けたい。グランドデザインを欠いたまま投資額の増額を要求する文科省にとっても、同時に行財政改革の視点のみに囚(とら)われた省庁にとっても耳が痛いはずだ。
本書はその内容にもかかわらず一般読者でもたやすく読むことができる。平明さは、著者の分析眼がなせる技であり、人々への力強い訴求力を生み出す。高等教育研究者は、大学と知識社会の基盤を護(まも)る理論武装家にほかならない。その使命を考えるとき、著者の存在は、なお大きなことを、この本は教えている。
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あまの・いくお 36年生まれ。東京大学名誉教授。著書に『大学改革の社会学』『教育と選抜の社会史』『日本の高等教育システム』など。
著者:天野 郁夫
出版社:東信堂 価格:¥ 3,780
著者:天野 郁夫
出版社:玉川大学出版部 価格:¥ 4,410
著者:天野 郁夫
出版社:筑摩書房 価格:¥ 1,260
著者:天野 郁夫
出版社:東京大学出版会 価格:¥ 4,620
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