[掲載]2008年6月15日
■混沌の地に、なおロマンを求めて
アフリカのイメージほど、評者が子供のころと今とで変わったものはない。40年ほど前、少年雑誌で読み、想像をたくましゅうしたアフリカは、その奥地にまだ見たこともない太古の生物や、奇怪な魔神を信仰する謎の部族が跋扈(ばっこ)している、神秘とロマンの地であった。
しかし大人になって知ったアフリカの真の姿は、貧困、内乱、飢餓、そしてエイズなどの疾病が蔓延(まんえん)する、この世の悲惨を凝縮したようなところだった。ロマンの地などとアフリカを表現するだけで、無知を糾弾されかねない。
しかし、それでもなお、われわれ文明人は、その文明に疲れたとき、はるかアフリカの地に、夢をはせたがる。イギリスの旅行記作家レドモンド・オハンロンのアフリカでの旅を描いた『コンゴ・ジャーニー』は、アフリカが抱える諸問題から目をそむけず、かつ、われわれが抱く“神秘とロマン”がまだかの地に残っていることを教えてくれる希有(けう)な本だ。
村をまじないで支配する魔法使い。行く手をはばむ肉食アリの群れ。夜中に著者の幻想の中に現れる3本指の精霊・サマレ……まるでかつての冒険少年小説のような道具立てである。そもそも著者のコンゴ行きの目的が、コンゴ川上流の湖に棲(す)むという幻の恐竜モケレ・ムベンベの探索というのだからうれしいではないか。
そして、この本のすごいところは、これらの荒唐無稽(こうとうむけい)に思える“幻想”のアフリカが、著者が旅をした1990年ごろの“現実の”アフリカとまったく同じフィールドの中で描かれていることだ。一党独裁体制にある社会主義政権(当時)の役人の腐敗と、親類を殺した魔術師との戦いの話を著者は同じ視線で見つめているのである。
もちろん、現代人である著者の理性は、それら魔術や精霊といったものへの傾倒は悲惨な現実から目をそむけるための逃避手段なのだ、といった論理的な説明を試みている。
しかしその著者自身、旅の先に死が待つという占いの結果を恐れ、魔術師から子供の指で作ったお守りを買い求める。えたいの知れない状況の中で西欧的理性はあまりにも無力である。「アフリカでは、おまえたち白人は子供にすぎん」と言う老魔術師の言葉が印象的だ。
現代アフリカの混沌(こんとん)を描くために著者が選択した文体と構成は、読みにくいことこのうえない。旅の途中の思考すべてを記録しようという強迫観念があるのでは、と疑いたくなる著者の冗舌に、旅を共にするアメリカ人の大学教授・ラリーのひねくれた皮肉が加わって、そのやりとりは漫才のようになる。抑制のきいた描写がいい文章の条件、と教えられてきた日本人にはやや辟易(へきえき)する語り口(翻訳もその原文の混乱をよく伝えた実に読みにくい名訳だ)だが、読み進んでいくうちに、その迷彩的文体こそが、アフリカという国をまるごとそのままに描く、最適の文体なのだということに気づかされる。
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土屋政雄訳/Redmond O’Hanlon 47年生まれ、旅行記作家。邦訳に『ボルネオの奥地へ』など。
著者:レドモンド・オハンロン・土屋 政雄
出版社:新潮社 価格:¥ 2,415
著者:レドモンド・オハンロン
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著者:レドモンド・オハンロン
出版社:めるくまーる 価格:¥ 1,890