[掲載]2008年6月22日
■地の底から文章を紡いだ作家
『地の底の笑い話』などの炭鉱作家・上野英信について、上野を師とあおぐ著者が書いた評伝集である。
「精神貴族」といわれた男が、京都大学を中退し、家族と許婚者を捨て、小卒と偽って炭鉱に入る。
初めて坑内に下りた冬の夜、炭鉱の納屋で雑魚寝した。男たちは裸になり、破れ布団に2人1組で寝る。体温でたがいに温め合うためだ。「あんちゃんは俺(おれ)と寝な!」
そこから上野の、日本の繁栄を地の底で支えた人々を記録する作業が始まった。
ケータイ文学、というのが流行らしい。指先からちょこちょこ小説が生まれる。一方で炭塵(たんじん)にまみれ、命を張って文章を紡いだ作家がいた。その違いがここにある。
中心は上野の追悼録に書かれた「断崖(だんがい)に求めた文学の道」(89年)だ。だが、著者の思いは最後の章「砦(とりで)の闇のさらなる闇」(98年)にあるのではないか。これは夫人・上野晴子の遺稿集「キジバトの記」の解説である。
上野の夫人への態度は専制君主以上だった。死の直前の夫人から、それは「精神の纏足(てんそく)状態」だったと明かされる。著者はショックを受け、追悼録がきれいごとに終わっていたことを悩む。
没後21年、なぜいま上野英信か。その理由が最後の章にあるようにも思える。
著者:川原 一之
出版社:大月書店 価格:¥ 2,730