[掲載]2008年6月29日
■世界は終わり、荒涼とした道を淡々と
荒涼、沈黙、神なき世界。父と息子は冬にそなえて南へと向かう。空には雲がたれこめ、寒さが募る。荒れた庭で死んだライラックの枝がもつれあい、去っていった息子の母は夢に現れるのみ。家のポーチには何年も前に死んだ男が座り、人食の〈野蛮人〉が襲いくる。生き残ったわずかな人々は限りある資源をめぐって殺しあう。
ピンチョン、デリーロらと並ぶ大作家マッカーシーの最新作は、なにかカタストロフィが起きた後の終末世界の物語である。具体的な経緯はいっさい説明されない。大惨事後に生まれた少年は、野生のキノコをごちそうとして食べ、不満も漏らさないが、世界の深い絶望をおそらく本能的に分かっているのだ。そんな息子を守るために、父は一刻一刻を生き延びようとする。「火を運ぶ者」として。
1950年代にはケルアックによる青春の書『オン・ザ・ロード』が自由を謳(うた)いあげた。「旅の途中」を意味するこの題名からonがとれた『ザ・ロード』では、そこを歩く人間の姿は消え、道だけが残った。
「やるべきことのリストなどなかった。今日一日があるだけで幸運だった。この一時間があるだけで。“あとで”という時間はなかった。今がその“あとで”だった」
季節の移ろいも、時間の区切りも失った世界は、ただ平坦(へいたん)に薄暗く広がり、そのむきだしのその荒涼を、マッカーシーは淡々と記述する。いかなるメッセージも文脈も剥(は)がれた世界で言葉の無力さを伝える言葉の力強さよ。
「四月は残酷きわまる月。死んだ地にライラックを咲かす」に始まり、「冬には南へまいります」というT・S・エリオットの長詩「荒地」から伸びる道の上に、『ザ・ロード』もまた位置しているのだろう。しかし最後には一縷(いちる)の光を感じさせる。作者独自のスタイルの原文には、カンマがごく少なく、訳者の黒原氏はその文体を生かすために、地の文で読点は(一つのパターンを除いて)使わないというルールを自らに課したと見え、茫々(ぼうぼう)たる荒廃の表現に貢献している。
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黒原敏行訳、The Road/Cormac McCarthy 33年生まれ。著書に『すべての美しい馬』ほか。
著者:コーマック・マッカーシー
出版社:早川書房 価格:¥ 1,890
著者:Cormac McCarthy
著者:ジャック・ケルアック
出版社:河出書房新社 価格:¥ 2,730
著者:T.S.エリオット・福田 陸太郎・森山 泰夫
出版社:大修館書店 価格:¥ 2,625
著者:コーマック マッカーシー
出版社:早川書房 価格:¥ 966