[掲載]2008年7月20日
■書くべき人が、書くべき言語で書いた
天安門事件の頃から北京五輪前夜までの約20年間。その中国の軌跡とある男の半生を併せて描いた本作は、日本語を母語としない作家の芥川賞初受賞で話題だ。昭和10年制定の同賞は「各紙誌に掲載の純文学の最も優れた短編に呈する賞」であり、例えば英国のブッカー賞、仏国のゴンクール賞のように、作者の国籍、発表国、使用言語などの規定はない。が、どの国、何語で出版されても対象になるわけではなく、そうしたケースは想定外だったのだろう。
農村に下放された知識人の父をもつ主人公は、大学に合格後は学問に燃え、国を変える大志を抱く。時にテレサ・テンの歌に心奪われ、シェリーの詩を湖畔で諳(そら)んじ、やがて民主化運動に参加して天安門広場へ。しかし民主化を叫ぶ大学生と、日々の生計が先決という労働者は衝突し、主人公らは退学になる。友の裏切りや日和見、苦い挫折……。それは、のちに彼が残留孤児一家の女性と結婚し、来日してからも、香港返還や北京五輪開催に反対しては、味わうものだった。
言語的、社会的な不自由を経て習得した楊逸の小説言語には、ある種の解放と静けさ、そして強靱(きょうじん)なユーモアが宿っている。母語やその環境を離れ、国との距離と言葉の屈折を経てこそもたらされる物語の重層性や跳躍があることが、深く実感された。
自分の作品は政治である以前に小説であると、ある中国系作家は言ったが、それは楊氏の場合にもあてはまるだろう。本作中の人々に引きこまれるのは、政治的メッセージを超えたところで人物造形がなされているからだ。激動の20年をこの紙幅でカバーするには、やや駆け足の観もあったが、人生でいえば青年期にあたるようなこうした瑞々(みずみず)しく力強い物語を書くべき人が、書くべき言語で書いたという充実感を覚えた。
いま世界中で、中国系の作家が大きな文学賞を受けている。フランス国籍の高行健、米国在住のハ・ジン……。「中国文学」は今後、どの国、どの言語の中にも生まれてくるだろう。そして、世界文学の形をきっと変えていく。
◇
ヤン・イー 64年、中国・ハルビン生まれ。07年デビュー、本作で芥川賞。
著者:楊 逸
出版社:文藝春秋 価格:¥ 1,300