[掲載]2008年8月3日
■晴れ舞台消滅で揺れ動く選手の人生
いよいよ北京で五輪が開幕する。今年3月のチベット騒乱で国際的な中国批判が高まった時、五輪ボイコットの可能性が生じた。五輪をめざしてきた選手たちは肝を冷やしたに違いない。一瞬の勝負やコンマ以下の秒数を競う選手たちにとって、4年に一度の晴れ舞台が消滅するほど恐ろしいことはない。
その悪夢が現実になったことがある。1980年のモスクワ五輪では、前年末からソ連軍がアフガニスタンに侵攻したことに対して、カーター米大統領がボイコットを主張した。大統領の国内向けの政治行動であったが、日本もそれに追従することになった。
本書は日本の不参加決定の経緯と背景を、通信社時代からスポーツ畑を歩んできた著者が、当時のスポーツ界の重鎮や五輪代表たちに丁寧に取材して、立体的な像を描き出している。モスクワ五輪をきっかけに揺れ動いた選手たちの人生は、大いなるドラマを内包している。
当時の日本オリンピック委員会(JOC)は、五輪憲章に反して独立組織ではなく、半官の日本体育協会の中の一委員会に過ぎず、政治の圧力に抗する力はなかった。選手や関係者の願いも虚(むな)しく、不参加への流れが作られた。
当時を証言する一人ひとりに、著者は幻の五輪をめぐる思いを漢字一文字に表現してもらっている。苦・無・労・忍・怒・失などの字を見ると、いかに辛(つら)い経験であったかがわかる。
しかも、日本のスポーツ界にとって、大変な損失が生じた。一度参加しないと、8年の空白ができ、それがスポーツの実力の深刻な低下につながった。80〜90年代の日本の不振は、モスクワ不参加から生じたものであった。
JOCはその後、政治から自立するために、独立の財団法人となった。同時に、JOCは国や企業からの政治的・財政的支援の重要性をも自覚した。それなしにはスポーツの国際競争力もありえない。モスクワの教訓を生かして、ようやく4年前のアテネでは、日本選手たちの大活躍が達成された。さて、北京での帰趨(きすう)はいかに?
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まつせ・まなぶ 60年生まれ。ノンフィクションライター。『汚れた金メダル』など。
著者:松瀬 学
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