[掲載]2008年10月5日
■人生をいとおしみ、静かに顧みる
ある年齢に達すると、これから手に入れるであろうものよりも、これまでに失ってしまったもののほうが多くなる。溜(た)まっていくのは記憶。亡き人々を哀悼する気持ちと、先の見えた自分の人生をいとおしむ気持ちが重なり始める。語り手がある日公園で見つけた色鮮やかな花束。それは何かを埋めたあとに置かれた石のそばに添えられていた。何かを埋め、目印に石を置き、花を添える時に抱く思い。そんな思いが漂う小説が3編収められている。と言っても暗いわけではない。
さりげなくテープを回し録音しておいた夕食の席での父母との会話や、花見の時に撮った映像。両親が亡くなったあと、それらに触れ、ありし日のあれこれを思う。ともに老いつつある兄と妹のお互いを気づかう会話。ふと口にしたひとりごとの声があまりに父に似ていてはっとしたことなど、誰しもが味わうであろう想(おも)いがつづられている。
二つ目の話の、死んだ人の部屋を撮影し続けるカメラマンのくだりでは、思わず自分の部屋を見回してしまう。そこに住んでいた、だがもう帰ってくることはない部屋の主。かつてはいたが今はいなくなってしまった彼ら、そして今はいるが、いつかはいなくなってしまう私たち。過ぎて行く時と流れ去る生を静かに顧みさせてくれる一冊だ。
著者:川崎 徹
出版社:講談社 価格:¥ 1,680