[掲載]2008年10月5日
■伝えたかった「早く帰ってきてね」
気持ちの優しいひとだったという。家業の家具作りを継ぎながら、本人は職人よりもサラリーマンに憧(あこが)れていて、ダンスやビリヤードが好きで、お洒落(しゃれ)で、美男で、おしゃべりの話題が豊富で、陽気で、のんきで……。
そんな父親のことを、北原亞以子さんは〈「いい奴(やつ)だあ」と、どうしても口許(くちもと)がゆるんでしまうのである〉と書く。ただし、それは記憶の中の姿ではない。昭和13年生まれの北原さんがかぞえ年で4歳――ものごころつくかつかないかのうちに父親は出征し、戦死してしまったのだ。
だが、父親は七十数通にもおよぶ葉書(はがき)を、戦地から北原さんに書き送っていた。それも、幼いわが子のために絵を添え、文字はすべて片仮名という凝りようである。
本書は、北原さんがいまも大切に持っているその葉書を軸に、戦争と重なる幼年時代を振り返った追想記である。子どもの視線でとらえた戦時中のディテールはこまやかで、文字どおり記憶の糸をほどきながら、豊饒(ほうじょう)な横道や余談を織り交ぜて語られる。そして、時折いまの北原さんが顔を出して、追想をピリッと引き締める。あれから60年以上の年月をへて、静かな怒りと悲しみとともに戦争を見つめる北原さんのまなざしは、年若い読み手の背筋をも伸ばしてくれるはずだ。
父親は、時には全10通にもなる連載葉書を書き、時には〈オテガミヲチョウダイ〉と愛娘(まなむすめ)の返事をせがむ。優しく温かい人柄は、葉書の絵や文章からもしのばれる。娘への葉書には決して戦闘の場面を描かず、娘の成長を思い浮かべて〈コトシハガッコウヘアガルノネ〉と書いてくる父親の命を奪った戦争は、その思いに北原さんが応える機会をも永遠に奪ってしまったのだ。
軍の検閲のために〈当時の私は一番書きたい言葉を書けなかった〉と北原さんは言う。父親への返信を書く際に自ら封じていた言葉は――〈「早く帰ってきてね」という言葉である〉。その一言を伝えられなかった代わりに、北原さんは、娘から父親への慈しみに満ちた、長い長い返信を書いたのかもしれない。
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きたはら・あいこ 38年生まれ。『恋忘れ草』で直木賞。『妻恋坂』など著書多数。
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