[掲載]2008年10月5日
■多くの生死を見つめ、なお旅の途上
70年代に若者だった世代にとって、第一作『インド放浪』を引っさげて登場してきた藤原新也は、衝撃だった。
熱に浮かされていた政治の季節が過ぎ去り、社会の管理化が推し進められようとしていた時代。どこにも行けない若者が、社会のあちこちで吹き溜(だ)まっていた。
その世代の一人だった私は、藤原新也の写真に釘(くぎ)付けになった。インドの聖地ベレナスの火葬の光景。夕日に染まった河を流れる遺体。その遺体を長い嘴(くちばし)で突く烏(からす)。
冒頭、著者は記していた。
「歩むごとに、ぼく自身と、ぼく自身の習って来た世界の虚偽が見えた」
彼はこの書によって多くの若者を旅に向かわせた。私はどこにも行けなかったけれど、ここではないどこかへ旅立たなければ、なにも分からないのだと思った。
80年代、『東京漂流』で、また衝撃を受けた。アジア13年の旅の後、著者は自分の目に映じた日本社会をしたたかに撃った。この本には、某誌連載を降板することになった写真が収められていた。インド放浪の折に撮られた野犬が屍(しかばね)を食らう写真だ。
「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」
添えられたコピーに社会が震撼(しんかん)した。
藤原新也は凄(すご)すぎた。唯一無比のアナーキーな社会派。尊敬を通りこし、畏敬(いけい)の念を抱かせた。
それから、25年。
本著、『日本浄土』に私は3度目の衝撃を受けた。気がついたら、遠くにいたはずの著者が傍らにいるではないか。
そして、美しいのである。文章も写真も。やさしくて深い味わいがある。
ここには、多くのものを見てきた人の静かなまなざしがある。頭の先で考えたことではなく、旅をしながら、生身の人々の生死を見つめてきた人の言葉がある。
世界を巡った長い放浪の果ての著者にとって、彼の人生でもっとも目立たない、思い出探しの島巡り、海巡りの旅だと言うこの本に、今、出会えて良かったな、と思う。
著者は、旅をしながら、「今日、佳景に出会うことは大海に針を拾うがごとくますます至難になりつつある」と語っている。
が、その一方で、歩行の速度の中では、「風景の中に息をひそめるように呼吸をしている微細な命が見え隠れする」とも言う。
事実、読者は、一葉のコスモスの写真を回路に、彼の放つ言葉の翼に乗って、記憶という行き着くことが果たせないほどの遠くまで旅立つことができるのだという思いに打たれるにちがいない。
まだ、著者は旅の途上にある。
世界の放浪の果てに立った能登の海さえ、「はじめて見る海の色」と彼に言わしめるのだから、この世の森羅万象、撮るに値しないものなどないのだと思いたい。
「歩くことだけが希望であり抵抗なのだ」と言い切る藤原新也。おそらく、これからもいくたびもの衝撃を私たちに与え続けるにちがいない。
◇
ふじわら・しんや 44年生まれ。作家、写真家。著書に『逍遥游記』『全東洋街道』『メメント・モリ』『末法眼蔵』など多数。
著者:藤原 新也
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