[掲載]2008年11月9日
■奇人学者がホームズばりに大活躍
出版界に最初の南方熊楠(くまぐす)ブームが巻き起こったのは、没後50年にあたる1991年前後だったと記憶している。一生を在野の学者として通し、まとまった著作を残さなかったために一般的には忘れられた存在となっていた熊楠は、権威に背を向けた破天荒な生き方の魅力で新時代のカルチャー・ヒーローとして再発見され、またたく間に関連本が何冊も刊行され、半生が漫画化されたり、映画化が企画されたりという騒ぎになった。
その後もブームは何度か再燃し、いまや熊楠はすっかり日本の誇る偉人として認識されるようになった。安下宿に住みこんで大英博物館に日参し、高名な英国の学者たちをも瞠目(どうもく)させる学識の冴(さ)えを見せる日本の奇人学者というイメージは、すでにパブリック・ドメイン(共有財産)となっている。だからこそ本書のような、熊楠をシャーロック・ホームズばりの名探偵として英国で活躍させるという知的なお遊びが成立するのである(実際に熊楠の在英期間はホームズものがストランド・マガジンに連載されていた時期と重なっている)。
とはいえ、天下の博学者である熊楠の言動をそれらしく描くのは、作者自身に熊楠なみの博識と語り口が要求されるということでもあり、これはなまなかの書き手には手に余ることと言えよう。その点、本書の著者・東郷隆は、国学院大学で“博物館学”を学んだという経歴の持ち主で、博物学者の熊楠に極めて縁がある。
また、初めて直木賞候補になった『人造記』、またその以前に彼の名前を娯楽小説マニアに知らしめた007もののパロディー「定吉七番シリーズ」などでも、歴史や古典文学、銃器や映画などに関するすさまじいまでの博覧強記ぶりで読者を驚かしていた。熊楠を主人公にした小説にふさわしい作者と言えよう。
故意に派手な展開は抑えて淡々と書いてはいるが、熊楠をめぐる有名なフィクションである孫文救出のエピソードなどをちゃっかり取り入れるなど、遊び心も十分に残している。熊楠ファンにはたまらない作りの小説である。
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とうごう・りゅう 51年生まれ。作家。『狙うて候 銃豪村田経芳の生涯』など。
著者:東郷 隆
出版社:集英社 価格:¥ 2,310
著者:東郷 隆
出版社:文藝春秋 価格:¥ 459
著者:東郷 隆
出版社:角川書店 価格:¥ 398
著者:東郷 隆
出版社:実業之日本社 価格:¥ 2,310
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