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仮想儀礼(上・下) [著]篠田節子

[掲載]2009年2月15日

  • [評者]瀬名秀明(作家、東北大学機械系特任教授)

■暴走する現代を新興宗教で描く傑作

 意欲的に力作・良作を発表し読者を惹(ひ)きつける実力派が、ときおり鳥肌の立つような大ホームランをかっ飛ばす。すべての動作がぴたりぴたりと必然のように嵌(はま)り、打球は物理法則に従ってぐんぐん伸び、もはや誰も手がつけられない。長年のファンは大喝采で迎えるのみだ。本書は篠田節子の最高傑作というだけに留(とど)まらず、新興宗教を扱うあらゆるエンターテインメントの頂点へと駆け上った。

 物語の始まりは2001年。作家を夢みて仕事も家族も失い路頭をさまよっていた鈴木正彦は、やはり事業に失敗していた元編集担当の矢口誠と偶然再会した夜、ブラウン管の中に世界貿易センタービルの崩壊を目撃する。実業の時代は終わったと感じたふたりは衝(つ)き動かされるように新興宗教のウェブサイトをでっちあげる。信者が30人いれば食っていける。500人いればベンツに乗れる――かつてお蔵入りした5千枚の原稿の内容をつぎはぎして、ふたりはでたらめな教条の創作に熱中する。サイトに若者が集まり始め、彼らは集会用の場所探しに奔走する。入信の儀式はどうする? 心に傷を負う人々にどう対応する? 正彦は教祖、矢口は宣伝担当となり、虚業としての宗教活動に嵌り込んでゆく。

 ぐいぐいと引っ張る豪腕ぶりは70年代の劇画さえ連想させるが、これは『銭ゲバ』の焼き直しではない。21世紀を生きる正彦らを動かすのは個人的な復讐(ふくしゅう)心でも名誉欲でもない、この閉塞(へいそく)した現実世界そのものなのだ。

 波乱に満ちつつも最初のうちは物語としてできすぎと感じるほど、正彦らは順調に信者の数を増やし事業を拡大してゆく。ところがそこから歯車が狂い始める。すべてが裏目に出始め、彼らは宗教団体間のパワーゲームに巻き込まれ、メディアの餌食にされる。誤解をよび、カルトの烙印(らくいん)を押され、金も信者も離れて正彦たちは追い詰められてゆく。

 チベット仏教、メディアのやらせと信念の暴走、超能力めいた現象を発する信者、人間として最低の天才芸術家など、これまで著者が描き続けてきたモチーフが畳み掛けるように登場する。ただし著者はこれまで「笑い」をあえて組み入れ娯楽小説の結構を繕う傾向があった。女性を主人公にしたときどんなに過酷な状況でも恋愛と生存を保証してきた。だが今回の著者は容赦ない。つねに読者の予想の半ページ手前で新たな事態を送り込んでくる。味方がようやく現れたと思ったら彼らは襲撃され、希望が見えた途端に別の問題が勃発(ぼっぱつ)する。そして真に本書が恐ろしいのは、正彦が最後の最後まで常識を保ち続けることだ。どこかで心が壊れてしまえばこれほどの事態には陥らなかったろう。だが彼はどこまでも正気のまま周囲を分析し、予測し、事態を回収しようと努める。教祖である彼だけが理性を保つゆえに、人間の本能によって暴走する現代社会の地獄に呑(の)み込まれてゆく。

 徹頭徹尾エンターテインメントである本作がこれほど現実的であるのは、この現実社会がエンターテインメントのリアルそのものであるからだ。その真実を突きつける本書を前に、身も魂も震えが止まらなくなるだろう。

    ◇

 しのだ・せつこ 作家。『女たちのジハード』で直木賞受賞。著書に『讃歌』『夜のジンファンデル』『純愛小説』など。

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仮想儀礼〈上〉

著者:篠田 節子

出版社:新潮社   価格:¥ 1,890

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仮想儀礼〈下〉

著者:篠田 節子

出版社:新潮社   価格:¥ 1,890

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銭ゲバ 上 (1) (幻冬舎文庫 し 20-4)

著者:ジョージ秋山

出版社:幻冬舎   価格:¥ 720

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讃歌

著者:篠田 節子

出版社:朝日新聞社   価格:¥ 1,785

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夜のジンファンデル

著者:篠田 節子

出版社:集英社   価格:¥ 1,575

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純愛小説

著者:篠田 節子

出版社:角川書店   価格:¥ 1,470

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