[掲載]2009年3月1日
■大自然舞台に野生動物と人の命描く
まずは小野利明の装画、多田和博の装幀(そうてい)が素晴らしい。期待して本を手に取りページを捲(めく)ると、たちまち冬の八ケ岳の空気が匂(にお)ってきた。
ポスターを見ただけで心奪われる映画がある。予告編で確信し、実際に劇場へ足を運ぶと幕開けから惹(ひ)き込まれる。監督はアクションやホラーの手練(てだ)れだが今回の映画はそれだけではない。カメラは物語の舞台を奥行き豊かに写し取り、脚本は練り込まれ、編集も呼吸を乱さない。ときに各スタッフの個性が画面の中でぶつかるものの緊張が緩むことはない。やがて観客は彼らプロフェッショナルたちの思惑の向こうに、舞台そのものの美しさや荒々しさがフィルムから立ち上ってくるのを感じ取る。創作家の覚悟や手腕と大自然のうねりが相乗効果を見せ始めるのを、観客は固唾(かたず)を呑(の)んで見守ってゆく――本書はそのような小説だ。
本書の前提は現実のものではない。時代は近未来、ちょうど米国のナショナルパークレンジャーのような組織が日本でも設立され、環境省のキャリア官僚であった男が八ケ岳に赴任してくるところから物語は始まる。彼はクセのある職員らの中に入り、密猟者や野生動物保護を訴える団体の過度な抗議運動など多くの問題に直面してゆく。一方巨大ツキノワグマが農家を襲う事件が発生しており、物語はツキノワグマと人間の死闘を予感させつつ進む。だがそれだけで話は終わらないのだ。
環境汚染が人と野生動物、親子間など多くの共生関係を圧迫し、その歪(ひず)みは“闇”と呼ばれるもうひとつの巨大野生動物へと象徴されてゆく。そして官僚の男を山と繋(つな)ぎ、人間同士のドラマと自然を結ぶのは一匹のベアドッグだ。人間社会に絡め取られた私たちを森林に連れてゆくのは一匹の犬の命なのである。
架空の設定、ホラー映画さながらの様相で姿を現す怪物、娯楽小説の手筋を知り抜いた著者ならではの物語は、しかし“闇”の向こうに人の知を超えた生と死の重みを鮮明に映し出す。すなわちこれが冒険小説ということだ。
読み終えた後、片手に掴(つか)んだ単行本の重量が心地よい。
◇
ひぐち・あきお 60年生まれ。作家。著書に『狼(おおかみ)は瞑(ねむ)らない』『光の山脈』など。
著者:樋口明雄
出版社:光文社 価格:¥ 2,415
著者:樋口 明雄
出版社:角川春樹事務所 価格:¥ 966
著者:樋口 明雄
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