[掲載]2009年3月22日
■半世紀をへて届き始めた被災者の声
いま日本では、空襲被災者が日本の国家に戦後補償を求める三つの裁判が進行している。東京大空襲訴訟と大阪空襲訴訟、そして重慶大爆撃訴訟である。
重慶爆撃はその中で最も知られていないが、本書に収録された原告の中国人被災者の声を聞くと、その過酷な運命は東京大空襲の被災者とそっくりなものだ。
1938年から41年にかけて日本軍が、抗戦する中国の臨時首都の重慶を爆撃した作戦は、当時の日本で華々しく報道された。それは空爆という最新の手法で、地上戦では侵攻できない奥地に立てこもる敵を、屈服させられるとの期待に基づいていた。新聞社に軍が貸し下げた写真は爆撃する日本軍機から撮影したもので、爆撃を受けた地上の市民の悲惨な事態を想像させるものではなかった。
しかしやがて日米関係の悪化で、主力の海軍航空隊は撤収して南方作戦に向かい、重慶爆撃は忘れられてしまう。本書では、空爆した日本軍側の報告書である「戦闘詳報」を検討し、中国の被災や防空の状況とをつきあわせて、爆撃が次第に地域の無差別爆撃的性格を強めていることを丁寧に論証している。
都市空襲は、被災者である家族や地域に壊滅的打撃を与える。重慶爆撃の被災者は貧しい生活に転落し、障害を負うなどのハンディを背負い、第2次世界大戦後も社会的弱者として生きることを余儀なくされた。それもあって被災者の声が社会に届くまでには半世紀以上の長い時間がかかり、補償を求める動きはさらに遅れたのである。
ここ数年、米軍のイラク空爆をきっかけに空襲史の研究が蓄積されている。それは空爆する側の論理が、国の違いを超えてどのように影響し発展してきたかを、世界史的に跡づけたものである。重慶爆撃に見られる空爆の論理と技術は、やがて東京大空襲にもつながっていく。
本書によれば東京大空襲訴訟と重慶大爆撃訴訟の原告同士の交流も生まれているという。空襲を通じて、日本の戦争の被害と加害の連鎖を考えさせる本といえよう。
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空爆の諸問題について研究するため05年に発足。研究者・弁護士など10人余りで構成
出版社:高文研 価格:¥ 1,890