現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. BOOK
  4. 書評
  5. [評者]耳塚寛明
  6. 記事

学歴格差の経済学 [著]橘木俊詔、松浦司

[掲載]2009年4月26日

  • [評者]耳塚寛明(お茶の水女子大副学長)

■データが物語る教育格差の拡大

 1970年代中葉から教育研究の領域に参入をはじめた経済学者たちは、教育を受けることがどれだけの収益を生むかを測定して、「学歴社会虚像論」を主張した。その中心的論者の一人小池和男氏は「日本が学歴社会であるという思い込みは、わが国のいくつかの自虐的な通念のひとつである」と喝破して、「学歴社会諸悪の根源説」を疑いなく信じていた人々に新鮮な驚きを与えた。

 それから三十余年。経済学者であるふたりの著者の課題意識は、基礎学力の低下による優秀な労働力の欠如と、親の社会的・経済的状況に由来する教育格差の拡大に向けられる。能力による差、公立と私立、理系と文系、中央と地方、名門校と非名門校など、格差が顕著な教育分野が取り上げられ、経済学的知見が示されている。

 大卒理系は文系に比べて生涯賃金が低いのはなぜか、など興味ある分析が目を引く。とりわけ本書の主題に即してもっとも意義深いのは、「親の社会階層が子どもの学歴に影響し、その学歴が年収を左右する」「年収1千万円以上の所得最上位層で子どもを私立小中学校に通わせている比率が際だって高く、2000年以降その傾向が顕著になった」ことなど、教育格差の趨勢(すうせい)を新しいデータで再確認している点である。

 過去に学歴社会虚像論から受けた衝撃を、本書から受けることはもはやない。それは本書が凡書だからではなく、「教育問題に経済学が貢献する」ことが当然視されるようになったためである。同時に、人格の完成や人間性にもかかわる教育の成果の中で、経済学が扱うことのできる経済的収益が表立って重視されるようになった――そういう時代の変化の反映でもある。

 親世代の結果の不平等(所得の格差)が子世代の教育機会の平等を阻害している。とすれば、両者の連関をどうやって断ち切ることができるのか。親世代の不平等をどの程度まで縮小すべきか。この問いに立ち向かう刀が、研ぎ澄まされた刀でありさえすれば、その学問領域は不問である。

    ◇

たちばなき・としあき 同志社大学教授。まつうら・つかさ 中央大学助教。

表紙画像

学歴格差の経済学

著者:橘木 俊詔・松浦 司

出版社:勁草書房   価格:¥ 2,520

検索フォーム
キーワード: