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音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 [著]岡田暁生

[掲載]2009年9月6日

  • [評者]奥泉光(作家、近畿大学教授)

■分かる悦び、もたらすものとは

 タイトルから想像されるとおり、本書は一種のハウツー本である。あるジャンルの音楽に関して「分かる」「分からない」という言い方があるけれど、本書は、音楽を「分かる」ようになる、つまり、ある音楽が「いいな」と思え、楽しめるようになるための方法を、興味深い実例を数多くひきつつ教示してくれる刺激的な啓蒙(けいもう)書だ。

 音楽とは、せんじつめれば音の響きなのであって、はじめから言葉を超えており、だから理屈をいっても仕方がないので、ひたすら感性に磨きをかけ、感覚を研ぎ澄まし、先入観に毒されぬ純粋で無垢(むく)な心で音楽にひたすら耳を傾けましょう――という立場と本書は対極にある。 音楽が「分かる」とは、その音楽の属するジャンルが暗黙の前提とするルールを知ることであり、「一つの文化」に参入することである。そして、その文化の「歴史を知り、価値体系とそのメカニズムと含蓄を理解し、語彙(ごい)を習得すること」だと筆者は結論づける。早い話が勉強しなさいというわけだ。たかが趣味で音楽を聴くのに勉強がいるのかよ、と不満に思う向きには、外国語を理解するには語彙や文法の勉強が必須であり、同じことが音楽にもあてはまるのだとする、本書に述べられた類比が説得力を持つだろう。

 論述の背後には、現在の音楽文化に対する著者の危機感が見え隠れする。音楽文化を支える共同体の消滅と、商品化された音楽を心地よい響きを耳に入れるためだけに消費し、好きな音楽を自由に聴けばいいと思いながら、結局は似たような音楽を孤独のうちに脳へ注ぎ込む人々の姿。彼らは音楽の楽しみの大きな部分を失っているのではないか。音楽をめぐって人と人が言葉を交わすことこそが、音楽の本当の悦(よろこ)びをもたらすのではないか。そのように問う筆者の論述は、音楽文化の地平を超え出て、人と人との交わりの場であり、文化創造の場である「社会」を喪失した現代文明への批評になっている。

 真に考え抜かれたハウツー本が、高い批評性を持ちうることの、本書は好例といってよい。

    ◇

 おかだ・あけお 京都大学人文科学研究所准教授。『オペラの運命』など。

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