[掲載]2009年12月13日
■レディースの疾走感、荒く切なく
なんとヤンチャな小説なのだろう。鳥取県の片田舎で結成されたレディースの暴走族・製鉄天使が中国地方を制覇し、忽然(こつぜん)と姿を消してしまう物語――というストーリーそのものの荒っぽさ以上に、言葉が暴れている。ヒロイン・赤緑豆小豆(あかみどりまめあずき)をはじめ登場人物の吐く言葉はべらんめえ調で、描写は徹底して即物的、そんな言葉で綴(つづ)られる物語の展開も速い、速い、そしてやはり荒くて、粗い……。
作品の完成度をめぐっては賛否両論あるはずだ。だが、桜庭一樹さんは「時間」を描いたのだ。それも、目の詰んだ描写をしていては間に合わない、悲壮な疾走感に満ちた時間を。
〈子供だけの灰色のフィクションの王国では、子供達(たち)によって、寿命が十九とあらかじめ決められていた〉。それまでに〈すべてを完全燃焼させて、生きて、生きて、命の炎を燃やし尽くした後……すべてを捨て去り、なにもかもを子供の国において、身一つで大人に〉ならなければならない。そんな子供たちは、最強を目指す不良の――言い換えれば戦士の物語を求める。小豆はその物語の中の勇者としてバイクを駆り、〈えいえんの国〉を目指しながら、〈せかい〉とルビが振られた中国地方を制覇していく。だが、小豆もまた子供である。時間がない。〈みんなのフィクションを背負って〉きた小豆は、タイムリミットより2年も早く、17歳で大人になって、〈せかい〉から姿を消す。ひたすら疾走する小豆の物語は、しかし、彼女自身が大人になる速さに追い抜かれてしまった。物語は、それこそ暴走族の好きな言葉をつかうなら「伝説」になったのだ。
だとすれば、本作は、「子供の時間はいずれ終わってしまうのだ」という苦い結末なのか。
そうではなかった。エピローグで、小豆は〈せかい〉の外に出る。桜庭さんは小豆にもう一度〈えいえんの国〉を目指させる。それは「少女(の時間)」を描きつづける桜庭さんの、終わりを知っているからこその「でも終わらせねーからな!」という、少々荒っぽく、せつない祈りだったのかもしれない。
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さくらば・かずき 作家。『私の男』『ファミリーポートレイト』など。
著者:桜庭 一樹
出版社:東京創元社 価格:¥ 1,785
著者:桜庭 一樹
出版社:文藝春秋 価格:¥ 1,550
著者:桜庭 一樹
出版社:講談社 価格:¥ 1,785