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漱石の『猫』とニーチェ―稀代(きだい)の哲学者に震撼(しんかん)した近代日本の知性たち [著]杉田弘子

[掲載]2010年2月28日

  • [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)

■ニーチェ軸に近代日本の精神史

 岩波文庫から、多くの著書が翻訳刊行されている哲学者を挙げると、まずプラトン、ルソー、カントが並ぶ。いかにも教養主義と感じるが、それに次いで多い部類の一人が、何とニーチェである。戦前の刊行書目にかぎれば、おそらく一位だろう。

 この本によれば、ニーチェの思想は、欧米で有名になったのとほぼ同時、明治時代の末に、日本にも紹介された。その生(せい)の哲学と文明批評が、旧世代に反抗する若者に受けたのである。

 大正期になると、和辻哲郎や阿部次郎が、人格の向上と人類愛を説いた先覚者として、ニーチェを論じるようになる。これは、理性への批判や、キリスト教の博愛思想に対する攻撃を、切り落とした解釈ではある。だがそれゆえに、豊かな感情を備えた理想の人格を、ニーチェの著書を通じて思い描けた。岩波文庫にも入ったゆえんである。

 他面でこの本は、夏目漱石と萩原朔太郎が、西洋文明批判や、無意味な生を耐えぬく意志を、ニーチェからよみとり、思索を深めていったようすも明らかにする。ニーチェという軸に沿って近代日本の精神史を語った、味わいぶかい一冊。

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