よみたい古典

よみたい古典

本紙読書面の連載。現代の知を代表する著名人たちが、夏目漱石、ドストエフスキー、マルクスなどの古典名著を改めて読み直します。

バックナンバー:2011年

柄谷行人さんに聞く「なぜ古典を読むのか」最終回

柄谷行人さんに聞く「なぜ古典を読むのか」最終回

■本に「参加」しないと見えない 現状を変える可能性をつかむ ――1年前に始まったこの連載ですが、「3・11以降、のんきに古典などを読んでいる場合か」という自省は、常にありました。 「今や読むに値………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年03月18日

内田樹さんと読む「ハックルベリー・フィンの冒険」(下)

内田樹さんと読む「ハックルベリー・フィンの冒険」(下)

■現実の枠ずらし生き延びる 始原的な「ロードムービー」 黒人奴隷ジムとともに大河をいかだで下る少年ハックの逃亡。物語の大きな柱はジムとハックとの、微妙な心理のあやだ。 福井県の読者・竹原利栄さん………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年03月11日

内田樹さんと読む「ハックルベリー・フィンの冒険」(上)

内田樹さんと読む「ハックルベリー・フィンの冒険」(上)

■時代経るごとに関心高まる マーク・トウェインの傑作長編。教科書やアニメでよく知られた『トム・ソーヤーの冒険』の続編だが、今では本書こそが「現代アメリカ文学の源泉」(ヘミングウェイ)とたたえられ………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年03月04日

鷲田清一さんと読む「パンセ」(下)

鷲田清一さんと読む「パンセ」(下)

■人間は不可解な怪物なり? 39歳で死んだパスカルは、晩年は熱心な信仰生活に入り、『パンセ』でも多くの紙幅をさいて「神なき人間の惨めさ」などを説く。 「神の実在を信ずることに賭けて失うものは何も………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年02月19日

鷲田清一さんと読む「パンセ」(上)

鷲田清一さんと読む「パンセ」(上)

■「やぼ」な議論はいけません 人間は考える葦(あし)である。 『パンセ』のこの一節だけを知っている人も多いだろう。広く知られた古典ではあるが、小林秀雄がこの言葉は「あまり有名になり過ぎた」と書い………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年02月12日

仲正昌樹さんと読む「君主論」(下)

仲正昌樹さんと読む「君主論」(下)

■「共通善」前提とせず問うた 「権力の保持に有益か否かだけが価値判断の基準で、道徳的な視点での善悪や正義・不正義は問わない。マキャベリズムには負のイメージがある」(福岡県の二宮正博さん・62)、………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年02月05日

仲正昌樹さんと読む「君主論」(上)

仲正昌樹さんと読む「君主論」(上)

■安定を模索した冷静な眼力 小国が分立する16世紀イタリアに生き、君主たるもの権力をいかに維持するかを説いたマキャベリの主要著作。最近も超訳・君主論が相次いで出て、ビジネス書として人気になってい………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年01月22日

斎藤美奈子さんと読む「夜明け前」(下)

斎藤美奈子さんと読む「夜明け前」(下)

■結末は「発狂」だったのか? 幕末の激動期、木曽山中の庄屋に生まれた青山半蔵は、国学を修め、天皇親政・民意の尊重をうたう明治維新を支持する。山村の民にとって死活問題だった山林の民間利用のためにも………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年01月15日

斎藤美奈子さんと読む「夜明け前」(上)

斎藤美奈子さんと読む「夜明け前」(上)

■傑作長編だがテンポ遅い? 「木曽路はすべて山の中である」 有名な書き出しで始まる島崎藤村の傑作だが、文庫で4分冊の長さと、叙述のスローさに面食らう読者が多かった。福岡県の市原伴子さん(61)は………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2012年01月08日

荻野アンナさんと読む「ガルガンチュアとパンタグリュエル」(下)

荻野アンナさんと読む「ガルガンチュアとパンタグリュエル」(下)

■世界を単純化しないお笑い 大酒も大食いも、罵倒も皮肉も褒めそやしも、すべてやり過ぎの怪異な巨人物語。東京都の読者・志村岳彦さん(31)は「身近なフランス人研究者によれば『ラブレーは言葉を発明し………[もっと読む]

[文]近藤康太郎 [掲載]2011年12月18日

ここに掲載されている記事や書評などの情報は、原則的に初出時のものです。

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