よみたい古典

姜尚中さんと読む 「吾輩は猫である」(上)

2011年04月03日

■意外な難敵 漱石のデビュー作

 名前は知っているが、なかなか読了できない古典——。そんな作品の代表格と言えば、日本の小説ではおそらく漱石の『吾輩(わがはい)は猫である』ではなかろうか。

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。
 「あまりにも有名な書き出しに誘われ、中学、高校、40歳を過ぎてからの3回読もうとしたが読了できず。漱石の文章はリズムがよく、読みやすいと感じているのですが、この本だけはなかなか」(兵庫県の中村秀美さん・47)、「最初に読もうとしたのは中学生のころ。『三四郎』『それから』『こころ』が面白かったので。しかし読み始めたら堅苦しい言葉がいくつも出てきて続かなかった」(東京都の本多桂子さん・31)。
 数ある漱石の名作の中でも、猫は意外に難敵なのだ。中学校の英語教師・苦沙弥(くしゃみ)先生の家に飼われ始めたネコが、先生や周囲の学者、弟子、金満実業家らの生態を皮肉な視線で描写する。
 「デビュー作の気負いもあったのだろう。落語や歌舞伎など江戸文化の粋と、イギリス留学で培った西洋文化の蘊蓄(うんちく)を一挙に出している。しかも、遺作となった『明暗』に次ぐ長さ。読みにくいのは当然かもしれません」というのは東京大教授の姜尚中さん。著書の『悩む力』で、漱石とウェーバーをヒントに現代を生き抜く道を模索してベストセラーになったが、同書でも猫への言及が少なかったのはそのためか?
 「高1のとき初めて読み、面食らった」と姜さんさえ言うのだから、埼玉県の鈴木里依さん(18)が「古い漢字や表現に阻まれて停滞。3分の2でリタイアした」のは、恥ずかしいことじゃない。
 小説らしい筋はない。埼玉県の水野太郎さん(35)が指摘するように「漢文・落語の話法の神髄」が随所に現れる。ただし、軽い笑い話だとばかり読んでいると足をすくわれる、とも姜さんは話す。
 「猫を書き始めた1905年は日露戦争の真っ最中。国難の中で書いていた。ある意味で今と同じ。世間に国難シンドロームとでもいうか、大和魂への同調圧力がある。そんな中で、戦争をちゃかしているような記述もある。猫が主人公だから許されたという側面もあったんじゃないか。日本人としての自覚は相応にあるけれど、夜郎自大になるのは嫌だという、漱石の覚悟でしょう」(姜さん)
 デビュー作には作家のすべてが現れる。猫も例外ではない。笑いの裏にはシリアスな、不気味なまでの「死」の影がさす、という話は次回以降に。
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 夏目漱石/岩波文庫・693円、新潮文庫・660円など。漫画版、児童向けも多数。
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