「あらしの前」「あらしのあと」 [著]ドラ・ド・ヨング

[文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)  [掲載]2011年05月01日

■戦争と日常を描き、責任について考える

 第2次世界大戦中の1943年、そして戦後間もなくの47年にそれぞれ刊行された。オランダ東部の静かな村の医師一家が、どのようにして戦争に巻き込まれていったのか。日常の平和な暮らしや人間関係を細部まで丁寧に描くことで、戦争のもたらした影を鮮やかに浮かび上がらせている。日本でも多くの人に読まれた名作だ。
 ナチスドイツの侵攻はあるのか否か。首都から帰った長女は、その危険性を一家に伝える。不安に動揺する人たち。いら立つ息子を父は諭す。「わたしたちはしっかりしていよう。そして、これから起こることを、覚悟を決めて待ち受けよう」
 危険性をきちんと捉えようと呼びかける長女と、冷静になろうと宥(なだ)める父。著者はそのどちらにも温かいまなざしを向けている。結果としてナチスは侵攻してオランダは占領される。
 「あと」では終戦1年後の一家の様子を描いている。戦中の5年間は直接描かれないが、ナチスへの抵抗運動に身を投じた次男は殺害され、物資が欠乏する中で一家はつらい暮らしを強いられている。ある日、子供たちの一人が「機嫌が悪いのは戦争のせい」と言う。多くの人々が全てを戦争のせいにする空気が、子供たちにも伝播(でんぱ)したのだ。母は夕食の席で皆にはっきりと語りかける。「もう二度とききたくありません。(略)じぶんでやることには、ちゃんとじぶんで責任をおとりなさい」「わたしたちがなにをしようと、それは戦争のせいじゃなくって、わたしたちがするからするのです」。深い言葉である。
 危険性を口にすること、それでも冷静でいること。誰かの責任にするのではなく、自分がやることに自分が責任をとること。現在の状況を生きる私たちの心に、本書のメッセージは静かに突き刺さる。
 (吉野源三郎訳、岩波少年文庫=各714円、「前」累計11万部、「あと」7万3千部)
 (佐々木俊尚 ジャーナリスト)

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