売れてる本

ニューヨークのとけない魔法 [著]岡田光世

2008年11月02日


 帰宅した著者の夫が、うれしそうに話す。バス停で疲れた様子の女性と言葉を交わしたら、後で彼女が声をかけてきた。「You made my day.」(おかげで、いい日になったわ)。人とのささやかな触れ合いを、ニューヨークを舞台に描く本書。エッセー集ではあるが、極上の掌編のようないい話がつまっている。
 NYに長年暮らした著者が、小粋な英語表現を紹介しながらつづった。単行本は他の版元から刊行されていたが、「読んでみて、自分でも驚くほど、忘れていた甘酸っぱい感情がパーッとわき上がってきました。それでぜひ文庫化したいと、お願いに行きました」と文庫担当編集者の池延朋子さん。
 大きな仕掛けをしたわけではない。本書を気に入った書店員が独自にPOP(ポップ)を立て、目立つ棚に並べてきた結果、コンスタントに売れてきた。部数が伸びるのを見て「心のどこかで寂しい思いを抱えている人は意外と多いのでは、と著者と話していたんです」と池延さん。読者は20〜50代の女性がメーンだが、男性も多い。若い人のブログには「この本を読んで、自分も昨日、知らない人に声をかけてみました」といった報告も。
 外国生活を記した本は、海外を礼賛し日本を批判する内容になることもあるが、著者はあくまでも公正。腹立たしい体験も率直に語り、恵まれない人々に偽善的な目を向けることもない。「泣けた」という声も多いが、決して安易に涙腺を刺激するわけではない。それでも人の心をほぐす力を持つということは、著者の中にある優しさやフェアな思いが、さりげなく全編に溶け込んでいるからだろう。
 (文春文庫=620円、12刷7万部)
 (瀧井朝世 ライター)

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