同時代ゲーム [著]大江健三郎

2010年05月30日

■爆発的な想像力に感服

 共通の友人だった塙嘉彦が亡くなる少し以前から大江健三郎との交際が始まっていたように記憶している。『同時代ゲーム』が出た時には率先して褒め称(たた)え、「失敗作である」という悪評が出た時にも「失敗作であることさえ度外視すれば傑作」と書いて、このフレーズは大江さんのお気に召したようだ。なんとしてもこの作品を不評から守りたくて、ちょうどSF作家クラブの事務局長になっていたので日本SF大賞の設立に奔走し、その一回目の受賞作にしようと努力したのだが、他の選考委員たちの反対で実現しなかった。そのかわり次の年度にはほとんど脅迫まがいの言辞を弄(ろう)して井上ひさしの『吉里吉里人』を受賞に至らしめたのだった。

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 『同時代ゲーム』は作者の故郷である四国の谷間の村の歴史を神話化して、生地を聖地にまで高めた傑作だった。「妹よ」で書き出されるその近代史は文化人類学のトリックスターや両性具有や伝承などの理論を援用した奇想天外の物語である。ぼくが魅せられたのは何といっても登場する多彩なキャラクターにあった。神主をする傍ら村の歴史や神話を研究している主人公の父。アメリカ大統領とも接触していた主人公の妹。脱藩して川を遡行(そこう)し、谷間に村=国家=小宇宙を作った創建者たちのリーダーである壊す人。天体力学の科学者であるアポ爺(ジー)、ペリ爺という愉快な双生児。冬眠機械を作ろうとする鉄工所の主人で旋盤工のダライ盤。壊す人の妻で百歳にもなり、復古運動をし、権力と性的魅力を伴って巨大化するオシコメ。壊す人の対極にある路上の莫迦(ばか)または気ちがいとしての、尻から眼(め)が覗(のぞ)きペニスの先に藁(わら)をくくりつけたシリメ。藩権力に対して一揆を企て、神格化されてメイスケサンと呼ばれることになる亀井銘助。大日本帝国の権力機構に対して奇想天外な計画を立て、のちに牛鬼と呼ばれて祭の習俗にもなる政治思想家の原重治。木から降りん人と呼ばれている、樹木から樹木へとつたわって歩き絶対に地上には降りないという老人。この老人を虐殺したのは村に侵攻してきた大日本帝国軍隊だったのだが、その指揮官である無名大尉。この中隊長は村との五十日戦争でさんざんな目に遭う。

 魅力的なキャラを列挙しているだけで終(おわ)りそうだが、これ以後のとんでもない人物の続出、さらには痛快無比な五十日戦争をはじめとする波瀾(はらん)万丈の展開には、作者の爆発的な想像力にただ感服するばかりである。そして村=国家=小宇宙という視点からは、琉球王国であった沖縄への大江さんのこだわりも理解できるのだ。この小説を「二頁(ページ)で読むのをやめた」と言った小林秀雄の読解力の不足、つまり濫觴(らんしょう)からいかに凄(すご)い話になるかを予測できない能力の不足ということになるが、これにはただただ呆(あき)れるしかない。

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 大江さんの示唆で塙嘉彦がぼくに書かせた『虚人たち』は泉鏡花文学賞を受賞した。ぼくはこのあと、井上ひさし『吉里吉里人』の刺戟(しげき)もあって小説世界の神話化をめざし、なんとか三位一体の一角に食い込もうという意図もあって『虚航船団』を書くことになる。

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 1979年、新潮社から刊行。現在は新潮文庫になっている。

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