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下町ロケット [著]池井戸潤

2011年08月07日

■かつて確実に存在した「夢」

 第145回直木賞受賞作である。著者の池井戸潤は、江戸川乱歩賞を受賞して小説家デビュー、元銀行マン、元企業コンサルタントという経歴を活(い)かした経済小説や企業小説を得意としてきた。本作は、銀行や各種業界の腐敗や矛盾を鋭く抉(えぐ)ってきた過去の作風からは一変して、しがない町工場が持ち前の技術力と情熱だけを武器に、大企業と互角以上に渡り合うドリームズカムトゥルー的な物語。しかも題材は、タイトルにもなっている「ロケット」である。
 佃製作所の若き社長、佃航平は、かつて宇宙科学開発機構の一員として国のロケット事業に従事していたが、自分が開発に携わったロケットの打ち上げ失敗がきっかけで研究職を辞し、親の代からの工場を引き継いだ変わり種。佃製作所はこの熱血漢の社長の下、高い技術力と工員たちの士気によって業績を伸ばしてきたが、ある時突然、大口の取引先から納品を中止されてしまう。悪いことは重なるもので、競争相手のナカシマ工業が特許侵害で訴えてきた。こちらに非はないのだが、それは先方も百も承知、要は潰しにかかってきているのだ。ライバルとはいえ、相手が企業規模はずっと大きい。さあ、どうするか?
 中小企業の挑戦をヒロイックに描いた、よくあるテレビのドキュメンタリー番組のようでもある。だがこの小説のポイントは、物語の鍵が、ロケットそのものではなく、その一部品であるということだ。大きな夢を支える小さな技術。だがその小ささには途轍(とてつ)もなく大きな可能性が秘められている。下町の工場が世界を席巻するという典型的なジャパニーズドリームが、今、どれほどのリアリティーを持つのかは正直わからない。これは一種のファンタジーとして読まれるのかもしれないとも思う。だが、この夢は、かつてこの国に確実に存在していたのだ。
 (小学館、1785円=4刷25万部)


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