人間文庫(週刊朝日)

北朝鮮へのエクソダス―「帰国事業」の影をたどる [著]テッサ・モーリス・スズキ [訳]田代泰子

2011年10月14日

■白モーゼと黒モーゼ “約束の土地”の物語

 エクソダス=モーゼ率いるユダヤの民が“約束の地”を目指した出エジプト。では、朝鮮半島の人々が地上の楽園を目指した帰国事業(第一陣は1959年)のモーゼ役は? この壮大な謎に取り組んだ“ミステリー”である。
 帰国事業の主体となったのは両国の赤十字。赤十字と言えば人道支援の白モーゼだが、オーストラリアの国立大学教授でアジア研究を専門とする著者は膨大な文書を渉猟して黒モーゼの臭跡を辿る。その過程で説得力をもって迫ってくるのは、福祉などの面で国内のお荷物となった“厄介者”の追放が最初の筋書きだったという“読み”だ。北朝鮮側も自国のプロパガンダになるという立場からこれに乗った。善意というきれいなオベベの縦糸や横糸を微細に見れば、両国の国内事情に、旧ソ連、中国、猛反発する韓国を黙らせた米国の東アジア戦略など、国際政治が交錯するもつれた毛糸玉だったという訳だ。
 著者の筆致がいい。事を急がず資料を示す。現代に続く拉致問題や脱北、モーゼの地に目を転ずればパレスチナの国連加盟申請でダブルバインドに陥ったオバマの苦境など、歴史は同じ模様を描いている。歴史には始まりも終わりもないと書く著者の言葉は金言だ。

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