よみたい古典

中野翠さんと読む「浮雲」(下)

2011年12月04日

イラスト・金子真理

■言文一致が自我の探求生む

 世渡り下手な主人公文三と、軽薄でお調子者の恋敵昇、おちゃっぴいな美少女お勢の、三角関係になりそうでならない物語。日本の近代小説が始まった記念碑的作品ではあるが、「ありふれた恋愛小説」という投書も複数来た。「初の言文一致体の小説でなかったらここまで有名になっただろうか」(神奈川県の町田香子さん・55)など、現代の読者からはやや厳しく見られている。
 エッセイストの中野翠さんは「私たちは今、言文一致の中で暮らしているので、この小説が発表された当時、どれほどの衝撃をもって迎えられたのか、実際のところは分からないんだと思います」と肩を持つ。「文語体では描ききれない、何かがある。それにふさわしい表現形式を四迷たちが模索している中で、言文一致体は生み出された。その何かとは、要するに『自我』の問題です」
 江戸時代の、化生(けしょう)の者が活躍する怪奇譚(たん)や遊里の色恋を描く風俗本では表せなかった何か。「私はなぜ生まれてきたか、私が生きていく意味はあるのか。自分の内面を深く掘り下げる文学形態」(中野さん)が初めて現れた。
 「私も会社で働いていた人間。お調子言ってる人がうまく立ち回り、自分はだめだと自尊心が傷つく感じはよく分かる」とも中野さんは語る。ヘタレな文三は、仕事も探さずお勢にアタックもせずで読者をいらつかせるが、「現代日本の、ちょっとものを考える男の子はみな、こういう自意識過剰な面がありますよね。先へ先へと考えて、自分で自分につっこみを入れて逡巡(しゅんじゅん)する。幻想を勝手にいだいて女性を清らかに美化し、一方で生々しい肉体的な欲望ももつ。130年近く前も、今も、変わらない。安心するし、笑えます」。
 実際に四迷は離婚、父の死、失職、病気などを体験。1897(明治30)年の日記には「この頃はDeathといふことが気になつて寝ても寤(さ)めても忘られ申さず候」などと書いている。
 千葉県の土屋昌也さん(71)は「浮雲の文三は、疎外された引きこもりの余計者。プライドが高く、社会を冷笑的に見下すから、世間にも疎まれる」と書いた。
 中野さんにも覚えがある。
 「学生時代から自分を余計者と感じてきた。失業もした。でもだんだん、シリアスに考えるのが馬鹿らしくなってくる。恥ずかしくなってくるんですよ。余計者意識は、エリート意識の裏返し。世の中はよくしたもんで、そんな人間でも拾ってくれる神がいる。珍重してもらえる。余計者は、自分を笑うしかないですよ、もう」
 日本最古の近代小説が、行き詰まり感に満ちた現代日本に、苦い笑いで解凍される。
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 二葉亭四迷/岩波文庫693円、新潮文庫420円。現代語訳に河出書房新社、1575円。
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