人間文庫(週刊朝日)

秘境ブータン [著]中尾佐助

2011年12月16日

 眼福だったブータンの国王夫妻。新婚旅行先に日本を選んで下さるなんて、嬉しいと同時に、なんて心あたたまる外交センスではないですか。戦後、そのブータン王室との縁を拓いたのがこの著者、中尾佐助氏(遺伝育種学、1993年没)。当時の王妃がお忍びで京都に滞在中、体当たりで学術調査を願い出、58(昭和33)年、国賓待遇で約4カ月の単独調査を行った。
 群雄割拠の歴史、乳製品が作る骨丈夫の体、照葉樹林から氷蝕地形まである多彩な気候風土、英語も必修の小学校教育、全員携行のマイお椀の風習など、京都学派らしい全方位的好奇心はまるで河口慧海(『チベット旅行記』)。ミズゴケを発見して“恋人よ”と転がり寄り、ヒマラヤが秘匿する青いケシの花に感激する情熱もお人柄だ。
 峠での思索も印象深い。荷車すらなく馬やラバで交易する様子に、車なら一度にラバ100頭分を運べるが、人間の幸福はその輸送力の差ほど違っていそうもないと感慨をもらすのだ。先代国王が国民総幸福量という考えを提唱したのは76年(現国王下で憲法化)。遠い日、ある日本人の落とした思索のタネが“育種”されたと想像を逞しくするのも、また楽しからずや。

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