よみたい古典

荻野アンナさんと読む「ガルガンチュアとパンタグリュエル」(下)

2011年12月18日

イラスト・金子真理

■世界を単純化しないお笑い

 大酒も大食いも、罵倒も皮肉も褒めそやしも、すべてやり過ぎの怪異な巨人物語。東京都の読者・志村岳彦さん(31)は「身近なフランス人研究者によれば『ラブレーは言葉を発明した』とのこと。洗練された言語遊戯に驚かされる」と書いた。
 作家で慶応大学教授の荻野アンナさんは、こう解説する。
 「ラブレーは、フランス語で一番長い動詞を発明しています。ご先祖様が使った言葉も総動員し、たとえば270通りくらいのタマキンの呼び方が出てきたり、アホウの別名も200種以上。権威をひっくり返して笑わせるのは、ギリシャ・ローマ以来の伝統です」
 千葉県の石橋香織さんの手紙に「教会が批判の的だったことがショック。下品な言葉の数々を時々残念に感じた」とあった。荻野さんは「むしろ当時の教会の方が、非常に残念な教会だったんです。免罪符を売りまくり、天国行きの切符でもうけていた」と語る。
 自由を抑圧する権威へ、ラブレーの風刺は激越だが、決しておふざけではない。身の危険を感じ、亡命するなど、笑いを武器に命がけで時代に立ち向かった。
 「3大発明(火薬、航海術、印刷術)のあったルネサンス期は、中世から近世へ大きく時代が動いた。戦争も飢餓も疫病もあった。そんな激動期に、民衆は心身とも動揺し苦しんだ。医者であり修道士であったラブレーは、心と体の苦しみを笑いで癒やしたかった。批判されながら命がけで書いた『お笑い』が、この本なんです」
 核開発、高速の移動手段によるグローバル化、それにインターネット——。ルネサンスの「3大発明」と現代は似通っている。「16世紀と、20、21世紀はパラレルになっている」とは、以前からの荻野さんの持論でもあった。「20世紀にも3大発明があり、その技術の進歩に人間がついていけてない。期待と恐怖が入りまじっている」(荻野さん)
 荻野さんは「駒ん奈」として高座にもあがる。ラブレー研究のためフランスに留学したのも「幼いころから聞いて育った落語と哲学が共存しているから」だと言う。
 「パンタグリュエルは後半、宇宙論まで出てきて哲学的に深くなる。落語にも『頭山』のようにシュールで、大きな夢のような話がいくつもある。話が終わっても、『この後どうなっちゃうんだろう』と心配させるのも、両者に共通している。世界を単純化しない笑いなんです」
 健康にも容姿にもカネにも女にも恵まれなかったソクラテスは、しかし常に笑いこけ、酒を酌みかわし、その神々しい知恵を隠していたという。なぜそうあれたのか。
 大きな時代の切断面を生きた大先達の本書に、答えの一端は書いてある。
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 ラブレー/ちくま文庫1〜4巻まで発行・1365〜1890円、岩波文庫全5巻は古書店か図書館で
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