よみたい古典

斎藤美奈子さんと読む「夜明け前」(下)

2012年01月15日

イラスト・金子真理

■結末は「発狂」だったのか?

 幕末の激動期、木曽山中の庄屋に生まれた青山半蔵は、国学を修め、天皇親政・民意の尊重をうたう明治維新を支持する。山村の民にとって死活問題だった山林の民間利用のためにも奔走するが、新政府の政策はしかし、半蔵にとって幻滅以外のものではなかった。
 「裏切られた革命という言葉がふさわしい作品」(東京都の小林雄太さん・36)、「明治の日本で最も必要とされるものは何かを見抜けなかった男の悲劇」(同・上野泰彦さん・65)、「農民・農村にとって明治維新は革命でも改革でもなかった。福島第一原発の事故で日本人はどれだけ賢くなったのか。相変わらず日本は夜明け前では」(長野県の竹松進さん・79)といった、小説と現代とを対照する感想が多く寄せられた。
 文芸評論家の斎藤美奈子さんも「今が読み時」だと思う。「政権交代して世の中が変わるかと思ったが何一つ変わらない。今は裏切られた感が渦巻いている。それから中央と地方の格差の問題ですね。地方はいつも中央の都合で切り捨てられる。宿場町の廃れ方なんかにも、今の地方と共通したところがあります」
 結婚を強いられる半蔵の娘お粂は自殺を図り、半蔵も次第に言動が奇妙になってくる。「お粂も半蔵も何も考えず毎日を送った方が幸せだったのか」。大分県の後藤孝一郎さん(44)がそう書く悲劇に、終盤、一気になだれ込む。
 斎藤さんは「半蔵は発狂したとされていますが、問題は『発狂』の中身。私は専門家ではないので軽々な判断は下せませんが、描写を読むと若年性の認知症が疑われます。だとすると、半蔵の苦難の人生と、座敷牢に閉じこめられる悲劇のラストとの間に因果関係がなくなって、教訓好きな読者には不満かもしれない。でも、病気の原因を前半生に求める方が間違っている。人生はそんなに単純じゃないですよ」と語る。
 奈良県の住職の篠置丈海さん(63)は、半蔵が子供たちに、自分の実父の死に顔をよく見ておくように語る場面が印象的だったという。「元気な時の顔ではだめ。死に顔でなくては。死について深く考えるということは、生について深く考えるということだ」
 斎藤さんも「この長い物語は、墓穴を掘る音で終わります。かつて死は目に見えるものでした。『わたしはおてんとうさまも見ずに死ぬ』という半蔵の言葉は印象的ですが、死は悲劇というより日常だったんですよね」と話す。
 悲劇の小説から、私たちはつい教訓を引き出しがちだ。斎藤さんはそれを「学校読み」と評する。「書かれてもないメッセージを勝手に読み取るのはとっても損。教訓は無用と思った方が、解釈の幅が広がります」
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 島崎藤村/岩波文庫全4巻・各714円、新潮文庫全4巻・500〜580円
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