人間文庫(週刊朝日)

或る男の断面 [著]宇野千代

2012年01月27日

■血糊の蒲団でセックス 宇野千代と東郷青児

 宇野千代が自伝的小説『生きて行く私』を出したのは83年、86歳の時。ミリオンセラーになった。男性には文壇史、女性には“生き方”本、高齢の方々にはある種の長寿本として読まれたのではないかと思う。
 宇野は生前、1番好きだったのは作家の尾崎士郎、2番目は画家の東郷青児と公言していた。表題作は後者を描くエッセイだが、なれそめは異様だ。宇野は当時、連載していた新聞小説にガス自殺の場面を入れたいと思っていた。が、どう書いていいか分からない。そうだ、陸軍中将令嬢とガス心中しようとした男がいると、いきなり東郷に電話する。単刀直入な女、それが宇野千代である。宇野をすぐ自宅に拉致する東郷も手練れで、同衾した蒲団は心中時の血糊でゴワついていた。宇野は東郷の心中事件を『色ざんげ』に仕上げるが、自分に対する愛情から話してくれたと信じていたのは「笑止であった」と、約半世紀後の本書に書く。
 私事だが、ある時ある女性作家に“みなさんの恋愛話や結婚話を文壇史として伺っておかないと”と言うと、“だめよ、私達、文壇外で恋愛してるもん”と。なるほど。宇野千代は、長寿ゆえに最後の文壇史を書けた女でもある。

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