よみたい古典

鷲田清一さんと読む「パンセ」(下)

2012年02月19日

■人間は不可解な怪物なり?

 39歳で死んだパスカルは、晩年は熱心な信仰生活に入り、『パンセ』でも多くの紙幅をさいて「神なき人間の惨めさ」などを説く。
 「神の実在を信ずることに賭けて失うものは何もないという、いわゆるパスカルの賭けが印象的だった。自分も洗礼を受け、神の実在に賭けた。確かに失うものはなかった」(埼玉県の鳥居よう子さん・42)、「机上に飾っていたパスカルの肖像画に、わが心知れるは御身のみと書いて戦場へ出た。戦争から帰ってカトリック信者となり、後半の最も大切なところが理解できるようになった」(福岡県の森山敬三さん・87)という読者からの手紙が複数来た。
 一方で「キリスト教が随一といった記述が、私のような無信仰者には読みづらい」(東京都の西田哲さん・56)という読者も少なからずいる。哲学者の鷲田清一さんは「でも神が出てくるのはパスカルだけではないですよ。ライプニッツもカントも、近代哲学には必ず神の問題が出てくる。世界が『ある』ことの究極の理由、世界の存在根拠が神であらねばならない理由を、鋭く問うてきた」と話す。
 「パスカルは、神が存在することに賭けてみたらどうかと誘っている。存在することに賭け、実際に神が存在するならばそれは浄福だ。存在しないことに賭けて、事実、神が存在しなかったら? だからといって得るものは何もないじゃないか、という論理です」
 『パンセ』には「クレオパトラの鼻。それがもっと短かったなら、大地の全表面は変わっていただろう」という有名な箴言(しんげん)がある。東京都の新井真一さん(68)は「ユーモアや風刺の表現が斬新」と感想を寄せた。鷲田さんはここを「歴史の必然性を説く人を揶揄(やゆ)している。私たちだって、ある人をなぜ好きになったのか、よく考えると分からない」と読む。
 人間は、分からない。それが、本書の核心部分だと言う。
 「人間には二重性、ひだがある。人間は、不可解な怪物だということを、常に繰り返した」
 鷲田さんは大学に入ったころに初めて『パンセ』を読み、辞書のように引き、繰り返し読んだ。何かあれば本にあたる。震災直後に思い出したのは次の一節だった。
 「われわれは絶壁が見えないようにするために、何か目をさえぎるものを前方においた後、安心して絶壁のほうへ走っている」
 徳島県の瀬藤芳房さんは「『あまり早く読むと分からない。あまり遅く読んでも分からない』という意味の断章がある。いま82歳。改めてパンセを遅速塩梅(あんばい)、考えながら読みたい」と書いてきた。
 鷲田さんは「よう『パンセ』を分かってはる」と喜んだ。
 「普通の本だと、9割分からないと怒りますよね。哲学の本は、最初に読むと2割も分からない。でも生涯読める。読むたびに発見がある。歌舞伎の見えと同じ。意味は分からないのに文章に心をわしづかみされる。そう簡単に分からへんで、という点が大事なんだと思います。その方が人生楽しいでしょ? いつまでも自分を閉じんでいられるじゃないですか」
    ◇
 パスカル/中公文庫・1150円、白水社・2940円、中公クラシックス2巻1733~1628円

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