■ヤクザ世界はカネカネカネ!
暴力団モノの本は、実話系週刊誌周辺による「組長ゴマスリ伝記本」か、ルポライターによる「暴力団取材本」かで、そのどっちも「そのへんの人間にはできない、ヤバイことをやりとげるヤクザ(の親分)はスゴイ人」と思わせてしまうという落とし穴があった。暴力団を完膚無きまでにダメなものとして書いてるのは「平成●年度暴力団白書」(書名は想像)ぐらいではないか。以前、当欄でご紹介した暴力団本でも、どっかの組長がマザー・テレサ級の人格者になっていて、それがゴマスリ本ならともかくハードな解説本みたいな体裁だったのですごい違和感があった。男マザー・テレサがどうして広域暴力団の組長やってんねん。
溝口さんは、ヤクザに口当たりのいいことばかり書かない人であることは、ヤクザから襲撃されたことからもわかる。実話系週刊誌の仕事ではけっこう「親分をいい気持ちにさせる伝記」方面の仕事もするが、自分の場所ではきっちりと「言うべきことは言う」。そういう点で信頼のおけるヤクザ物の書き手だ。
で、この『抗争』を読んでみる。今までにあった暴力団の主な抗争(とそれにからむ事件)が11個。いやー、ヤクザはいかん。抗争の原因について書いてあるが、どれもこれもシケた理由ばかりだ。つまり、カネカネカネ。仁義だ任侠だとか言いながら原因つきつめりゃ、カネがあるとかないとか取ったとか取られたとかってのがぜんぶ。恩に着るのも恩を売るのもみんなカネのこと。顔つぶされて怒るのもカネの話。カネの支払いはきっちりしよう、と決意させられる。
最初から最後まで殺伐、陰惨、荒涼に貫かれていて、ロマンもないからノワール小説的な憧れをかきたてることもない。ヤクザのことを冷静に書けばこうなるだろう。暴力団も最近は「組織なんか入ってらんねーよ」という若いのが増えてきて組織がガタガタしてきてるらしいが、ノスタルジーなんか感じる必要はない。暴力団なんかなくなってよろしい。




