よみたい古典

内田樹さんと読む「ハックルベリー・フィンの冒険」(上)

2012年03月04日

■時代経るごとに関心高まる

 マーク・トウェインの傑作長編。教科書やアニメでよく知られた『トム・ソーヤーの冒険』の続編だが、今では本書こそが「現代アメリカ文学の源泉」(ヘミングウェイ)とたたえられる。
 南北戦争前のアメリカ。母をなくし、アルコール中毒の父親からは暴力を受けるハックが、養子にとられ、ミス・ワトソンからキリスト教教育でしぼられる場面から始まる。香川県の読者・伊賀良和さん(76)は「私も田舎の中学校で、みんながいる前で教師に『親見りゃ子が分かる』と言われた。いまだに忘れない言葉」と同情。「ワトソン嬢の説く天国へなど行きたくないという野生児ハックに共感」(神奈川県の鈴木歌子さん・78)、「キリスト教の教えや学校教育といった価値を作者はとことんコケにしている」(埼玉県の手島潔さん・52)と、トウェイン独自の世界観に読者は冒頭から引き込まれる。
 思想家の内田樹さんは、著書『街場のアメリカ論』を執筆する前に『ハック・フィン』を再読し、改めて感銘を受けたという。トウェインが書くのは単純なキリスト教批判などではない。
 「ワトソンさんの天国とは、文明でありイデオロギー。万物自然の上に人間的な価値を置く、排他的で非寛容で傲慢(ごうまん)なもの。そんな天国ならいらないとハックは言っているだけで、実はハックも宗教的です。いつも星を見上げ、瞑想(めいそう)して、アニミズム(万物に霊は宿る)的な精神がある」
 窮屈な生活と父親の暴力からハックは飛び出し、逃亡奴隷の黒人ジムと協力して大河を下る。アメリカにとっての母なる川ミシシッピの自然描写が素晴らしい。
 「夜が明けるのを見ていた。どこからも音ひとつ聞こえねえで、静まり返って、まるで世界じゅうが眠ってるみてえだった」
 栃木県の読者・高根沢洋樹さん(42)は「アメリカの自然、文明、人種差別など多くの問題がこの小説とどこかでつながっている」と感想を書いた。
 内田さんによると、作品の背景には「アメリカ人特有の二つの自然観」が横たわっている。
 「ひとつは自然と文明を二項対立でとらえるもの。アメリカ新大陸の原生林は、自然を破壊し尽くしたヨーロッパ人の見たことのないものだった。そうした森には魔物が住み、征服すべき対象であるという、特殊な自然観があった」
 また一方には、手放しの自然礼賛がある。「アメリカこそ最後に残った理想郷。人は自然に包まれ、調和して生きるのだというロマン主義的な考えがあった。その二つが、あざなえる縄のようにせめぎあっていたのが19世紀アメリカだった」(内田さん)。
 本書ではトムではなく、「自然とのインターフェース(接触面)」としてのハックが前面に出る。時代を経るごとに、トムよりハックへの関心が高まってきたのには、そんなわけもあったのだ。
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 マーク・トウェイン/岩波文庫上下・588〜693円、 偕成社文庫上下・各735円など

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